直感的『箱男』

安部公房の『箱男』を読みました。

読んだのですが、ストーリーが難解であることに加え、文章・写真・詩など物語る要素が複数あり、解釈の余地が多そうです。(そこもまた『箱男』の魅力だと思いますが)

そこで、私が初見で直感的に理解した箱男のあらすじ・解釈を記載しておきます。

他の作品とか当時の社会的な背景とかを援用して解釈すると別の見え方をするかもしれませんが、それはそれ、これはこれ。

理論を積み重ねてもなかなか到達できないところへ、最初の直感が辿り着いている…かもしれません。

主要登場人物紹介

ぼく:元カメラマン。箱の中から箱男についての記録をつけている。

看護婦(戸山葉子):一年前に手術のために贋医者の診療所に来た。手術代がないので働いて返すことに。

贋医者:戦時中に軍医殿の部下だった。診療所開設後は色々あって、軍医殿になりすまして(医者の?)登録をしている。

軍医殿:元軍医。麻薬中毒で、診療所二階の遺体安置室にいる。

あらすじ

ある時箱男のぼくが立小便をしていると、空気銃を持った男(実は贋医者)に撃たれてしまう。傷口を抑えながら立っていると、後ろから自転車に乗った娘(実は看護婦)が現れ、病院の場所を示しながら箱の中に三千円を突っ込んできた。

箱を出て病院にいくと、最初からぼくが来ることを予期していたかのように贋医者と看護婦が待ち受けていた。そして治療の最中、ぼくは看護婦に箱を5万円で売る約束をしてしまう。看護婦はあまりに魅力的で、もう箱に戻る必要もないように思えたのだ。

そして治療後、約束の橋の下で看護婦を待っていると、約束どおり五万円が渡された。だが手渡しではなく、手紙とともに現金が投げ落とされたのだ。どさくさに紛れて看護婦と話したかったぼくはもやっとしてしまう。

そこで、ぼくは五万円を返すために夜の診療所を訪れる。鏡を使って診療所を覗くと、そこには裸の看護婦と、箱を被った贋医者の姿が。一通り覗いたあと、ぼくは明日の朝出直すことに決めた。

ぼくは気づいたら海水浴場にいた。どうやってたどり着いたのかはわからない。寝不足だけど朝になったら診療所へ向かわなければならない。洗濯をし、ズボンが乾くまでの間に、向かったあとのシュミレーション(p.102-)も念入りに行っておく。ぼくももう贋箱だ。

ところがぼくはシュミレーションをしながらうっかり寝過ごしてしまった。慌てて診療所に向かうと、看護婦が迎えてくれた。

そのあと二か月、ぼくと看護婦はお互い裸のまま(!)窓などを塞いだ箱のような診療所に暮らしていた。でもやはり、箱男は箱男のままでいるしかないのかもしれない。それはまるで、死んだ贋魚のように。

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ところで、看護婦はなぜ五万円で箱を買おうとしたのか。それは軍医殿殺害計画の一環として箱を利用しようとしたからだ。(もしかすると看護婦も箱に興味をもっていたのかもしれないが)

軍医殿は診療所二階にいる麻薬中毒患者だ。贋医者は軍医殿の名前を借り、無資格で医療行為をしている。その一方で、贋医者が軍医殿に麻薬を供給するなどしていた。

ところが軍医殿は看護婦に目をつけ、わいせつな要求をしてくるようになった。軍医殿はもう回復の見込みもないし、今後苦しむだけなので殺してしまってもいいだろう。

だが殺してしまうと、軍医殿が誰なのかが問題になり、贋医者としての医療行為などが明らかになってしまう。そこで、軍医殿を殺したあとで、箱をかぶせ、箱男の死体のように見せかけることを思いついた。

箱男は「箱男」というくくりで処理させるだけなので、それが誰なのかは取り立てて問題にならないからだ。それは、浮浪者が「浮浪者」としてあつかわれるのと同様である。

死刑執行人が罪に問われないのは、死刑執行人であるところのAさんやBさんが死刑を執行しているからではなく、「死刑執行人」が死刑を執行しているからだ。そこではその個人が誰なのかは問題にならない。

話を戻すと、箱男の死体に見せかけるためには、以前からうろうろしている(といっても、注意深く観察しないと見えないが)箱男には消えてもらわなくてはならない。

そこで、箱男に消えてもらうことにしたのだ。五万円で箱を渡してもらう。そして、軍医殿を殺害して箱男であるかのように装う。そうすることで、この計画は完成する。ところが、箱を手段として考えていたはずが、贋医者もいつしか箱に魅了され、箱男になってしまったのだ。

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Q.贋箱ってなに?

A.箱男ではなく、ただ箱を被っているだけの人


Q.ノートの著者はだれ?

A.箱男。「ぼく」や「贋医者」や「軍医殿」ではなく、箱男がノートを書いている。箱男は<みる/みられる>関係から離れ、住所もなく、登録もされていない存在なので、「誰」が箱男かということを問うこと自体に意味がない。箱男がノートを書いているのだ。

……それはそれとして箱男はだれだったのかというと、ぼくも贋医者も軍医殿も、箱男になったのでしょう(作中で名前も与えられていないし)。つまり、ぼくも贋医者も軍医殿もノートの著者。

ただ一人、看護婦だけが箱男になれなかった、と私は読みました。

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