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隙間に花 その2

彼は花を植えている。

家に帰ると、時たま花を植えているのだ。
それは完璧に不定期で、
数週間後に違う花を植えたり、
半年以上後にまた別の花を植えたりする。

その花の意味に気づいたのは、いつ頃だっただろう。
彼は何かとても幸福なことがあった後、
花を植えるのだと気づいた。

最初は、幸せな人だと思った。
それらは満ち足りた思いを祝福する花。
でも、花に水をやり、間引きや剪定をし、
枯れた苗を捨てる彼を見ているうちに、
どうやらあれは祝福の花ではないと分かった。

一度、酔った時に花のことを尋ねてみた。
「隙間に色がなくて寂しいから。」と言った彼は、
少し遠くを見つめて私にキスをした。

それから彼を注意深く観察した。
花を買う前の幸福そうな彼とは違い、
花を買ってきた彼は少し寂し気であった。
つまり、彼は幸福だから花を買うのではない。
幸福な出来事の後、隙間に目を向けてしまう。
だから、花を買い、彩りを育てるのだった。

今日、私は彼と結婚する。
彼はここ1年ほど花を買ってこない。
最後の花は確か、1年前のシクラメン。

目の前で寂しさを可視化されることに、
正直戸惑いを覚えた時期もあった。
でも、日が経つにつれ、
彼が隙間に目を向けているのなら、
そして私との生活の中でそれを行うのであれば尚更、
私も一緒に花を見つめようと思った。

私が彼のこの家に来た時、
彼は檸檬の種を植えていた。
育てるのに少し苦労していたようだが、
そのうちの一つが立派な低木に育った。
花の意味を祝福だと捉えていた時、
檸檬は私との生活の祝福だと信じかけていた。
今、私はその檸檬の意味を知らない。

でも、それでいい。
いつも数年もたない草花ばかり買ってくる彼が、
その時は木を育てようと思ったのだ。
そして今日まで、彼は私と一緒に
その檸檬を大事に育ててきた。
これからも、根っこがダメになるまでは
ずっと二人で花を育てていく。

今年、初めて檸檬の花が咲いた。

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