Dubのお勉強③ Wackie's
<Wackie's>はアメリカ・ニューヨークのレーベルで、1970年代後半〜1980年代にかけてジャマイカのアーティストも呼びながらもニューヨークオリジナルのダブサウンドを作り上げた伝説的レーベルである。自分がこのレーベルをきちんと認識したのはBasic Channel(Moritz von OswaldとMark Ernestus)が本レーベルの再発仕事を行っていたことを知ったのがきっかけであり、実際にBasic Channelによる2000年代前半の尽力もあって、本レーベルが多くの人々に知られるようになったらしい。
レーベルのオーナーはジャマイカ出身のBullwackieことLloyd Barnesという人で、1967年にジャマイカからニューヨークに移住、サウンドシステムをアメリカに持ち込んだ人?らしい。当時、ジャマイカダブのサウンドシステム文化は後のヒップホップ誕生(クール・ハークのブロックパーティ!)にも繋がり、Lloyd Barnesの直接的な功績ではないかもしれないが、そういう意味でもアメリカのダブ界におけるレジェンド的な人と言える。
<Wackie's>の特徴として、そのスモーキーなダブサウンドが挙げられる。どの作品も相当ハードにダブワイズされており、その寂れた煙たさはBasic Channel主宰の<Chain Reaction>作品に顕著な曇った霞のようなアンビエンスに通じるものを感じる。また、インスト作品もあるが、ソウルフルで腰にくるような歌モノ作品も多く、その辺りはジャマイカルーツレゲエと、Curtis MayfieldやMarvin GayeなどのアメリカのソウルやSly & The Family Stone的ファンクネスが合体したかのような、ジャマイカやUKで発展したタイプのダブとはまた別の良さがある。
とりあえず、このレーベルはすごい。まだ聴いた枚数は少ないけど、どれもハズレなさすぎる。UKの<On-U Sound>と同様に徹底的に聴き込みたいと思わせる強力なオリジナリティがある。
そこで今回はこれまでに聴いた<Wackie's>の作品の感想を以下、つらつらと書いてみたいと思う。
Wackies / Creation Dub (1977)
<Wackie's>主宰のBullwackieことLloyd Barnesが率いて作られた1977年リリース作のシンプルなインスト・ダブが中心のアルバム。そんなにディレイやリヴァーブは強くなく、結構ベースがシャープでとんがってる印象(もちろん音は大きい)。ドラムも手数はそれなりにあるけど、音数としてはそんなに多くないので、めっちゃシンプル。アルバムジャケットもシンプル。一聴しただけでは正直物足りなさは否めないけど、こういう削ぎ落とされたダブってベースの一音一音の動きやドラムの一打一打を追って聴いたりするのが楽しかったりする。要はリディムを楽しむということだ。それこそがダブの真髄である。そして、リディムそれだけで成り立ってる音楽というのは総じてクオリティが高く感じる。これは3周くらいで諦めず、せめて10周くらいはしようぜ!なスルメ盤ということを頭に置いて聴いてください。
Prince Douglas / Dub Roots (1980)
<Wackie's>のエンジニアであったDouglas LevyことPrince Douglasのダブアルバム。タイトルが「Dub Roots」というだけあって、かなり真っ当なダブ作品。ただ、ベースの音はやっぱりデカイ。ベースの音はデカくてなんぼというダブの精神性を愚直に再現している。そのシンプルさと適度に間がある構成が理由か、ダブの本質的な部分が滲みまくっており<Wackie's>の中でも特に人気なのが分かる。これは特にいいスピーカーか、もしくはイヤホンまたはヘッドホンで爆音にして聴いてほしいやつだ(全作品そうなんだけど)。M4 "Tongue Shall Tell Dub"はHorace Andyの"Every Tongue Shall Tell"のヴァージョンであり、ボーカルの飛ばし具合がたまらない。また、M5 "March Down Babylon Dub"はUKレゲエバンドであるSteel Pulse "Handsworth Revolution"(名曲!)のリディムを用いたダブ解釈バージョンであり、めちゃめちゃドープでカッコいい上に、レーベルオーナーのBullwackieが乗せるMarch Down Babylon~というボーカル(つぶやき?)に心の底から痺れてしまう。ちなみに後にBasic Channelのダブ・レゲエプロジェクトRhythm & Soundがこの曲をカバーしているので、そっち経由でこのアルバムに行き着く人も多そうだ。とにかくこれは相当な名盤だと思う。必聴。
Junior Delahaye / Showcase (1982)
最初に聴いたWackie'sのアルバムだからか、この素晴らしい傑作の醸すスモーキーでダビーなサウンドmeets甘いファルセットボイスがこのレーベルの象徴のように刷り込まれてしまった。後述するHorace Andyの「Dance Hall Style」も同じカテゴリに括りたい内容だが、Horace Andyの現実の厳しさを内包する声と違って、Junior Delahayeの声はもう少し優しく包み込むようなボーカルで、大らかさや伸びやかさを感じる。その分、最初に書いたような漆黒に吸い込まれるようなドープなダブサウンドとの相性が抜群。多分この手の甘い声はバックサウンドも陽な雰囲気にしてしまうとあまりにスウィート過ぎて自分の好みからは外れてしまうんだけど、本作はもう全くもって絶妙なバランスになっている。
D'Angelo「Brown Sugar」を思い出してしまうと言っても大袈裟ではない。この甘く黒いグルーヴに乗っかってどこまでも行きましょう。
Wayne Jarrett / Showcase, Vol.1 (1982)
上述のJunior Delahayeもそうだが、Showcase形式のアルバムはざっくり言うなら歌とダブインストが交互にくるような構成のことを指すらしい。Wayne Jarrettの本作も同様の構成で、一つのトラックの前半部分に歌、後半の大部分がダブインストのエクステンディットという構成になっており、1曲5分〜8分程度と長めの曲がほとんどになっている。基本的にはJunior Delahayeや後述のHorace Andyと同様、スモーキーなダブサウンドにファルセットボイスの組み合わせで、まさに<Wackie's>の代表作だが、Wayne Jarrettの音楽には少しだけ緩い雰囲気が漂っている。白眉はやはりM1 "Brimstone & Fire"だろうか。キリスト教的な表現で「地獄の責め苦」を意味する曲では、そのタイトルとは裏腹にWayne Jarrettの高音ファルセットの効いた歌声が異常に美しく響く。M3 "Magic In the Air”はそのタイトルからフィッシュマンズ(Magic LoveとゆらめきIn the Airのタイトルを合体させたやつじゃんみたいな)なんかを思ってしまったが、ギターのダブエフェクトでの飛ばし具合なんかはそんなに遠からずかも・・・しれない。あとはM4 "Bubble Up"のバブナッバブナッバブナッバブナッバブナッはやっぱり耳に残る。これも名盤。
Horace Andy / Dance Hall Style (1983)
Massive Attackアルバムへの参加で有名、かつ60年代後半から現在まで長いキャリアを持つHorace AndyのMust Hearアルバムにして超ドープな一作。Junior DelahayeやWayne Jarrettと同様に楽曲の構成としては前半ウタモノ、後半ダブインストというshowcase形式の流れ。まず、全体的なダブワイズっぷりが凄すぎる。強烈な低音によるビリビリと空気が揺れるような振動と、ボーカル、ドラムのスネアらが音数少ない空間にディレイし霧散していく様がたまらない。また、Horace Andyの身体の中心に迫ってくるかのような説得力のある高音ファルセットボイスが実に美しく、本当に素晴らしい。M1"Money Money"の再録はオリジナルよりも暗く深いサウンドなので、"Money is root of all evil"という金が全てじゃないというメッセージがより切迫感をもって響いてくる。M3 "Cuss Cuss"はLloyd Robinsonによる初期レゲエの代表曲のカバーで、原曲は軽快だが、本作のヴァージョンはよりテンポも落としてめちゃめちゃ湿度の高いディープな一曲になっている(On-UのDub Syndicateもカバーしておりそれもまたカッコいい)。また、M5 "Spying Glass"はMassive Attack「Protection」にもセルフカバーとして収録されているので、「Protection」が好きな人は「おお!」となること請け合いだ。多分今回取り上げたWackie'sのアルバムで最も有名なので、マストヒアですよ。
Love Joys / Lovers Rock Reggae Style (1983)
ダブ関連作で女性デュオは本当に珍しい。というか、自分が聴いた範囲では初めてかもしれない。その分、もうめっちゃ新鮮。演奏は結構タイトでベースはブリブリいわして勢いがある中、女性ボーカルが多少のスウィートさと陽気さでしっかりと存在感を見せ、楽曲の雰囲気を決定づけている。アルバムタイトルとは裏腹に決してラヴァーズロックのように甘過ぎないのが、特に自分好み。このジャンルは基本ゆったり目の楽曲が中心になる中、M1を筆頭にスウィングする演奏に歌がしっかりと乗っかっているのも逆に好印象だ。あと、(自分の耳が慣れてしまっただけかもしれないが)あまりレゲエ要素を感じない曲があったり、The RonnetsやThe Supreamsなどの60sガールズポップを強烈にダブワイズしましたくらいの感覚で聴けるので、そういう意味でもロック/ポップスリスナーは聴きやすいのでは?
Sugar Minott / Wicked Ago Feel It (1984)
ジャマイカ、ルーツ・レゲエを代表するシンガーSugar MinottによるWackiesでのソロ。今回紹介する中では、最もポップで聴きやすいく、陽光を浴びながら聴くのにマッチする。ブラス、ピアノ、ゆったりとしたレゲエのリズムが気持ちよく、スムース・メロウなSugar Minottの歌声が実に良い。前述のモノクロジャケシリーズほどディープではないのがミソかもしれない。ラヴァーズロックを引き合いに出させることも多そうだけど、タイトでソリッドな演奏からか、個人的にはそこまで甘すぎないのが(Love Joyでも同じこと言ってる)Wackiesというレーベルの特徴かなと思う。ボブマーリーのカバーM1 "So Much Trouble"、マイケルジャクソン名曲カバーM2 "Good Thing Going"といきなりカバー二連発だけど、Sugar Minott印のスウィートソウルになってて良すぎる。
というわけで、Dubのお勉強シリーズの第三弾はアメリカ・ニューヨークのレーベル<Wackie's>作品の感想でした。本当に全部必聴なので興味を持った人は聴いて損なしです。
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