輝き人! NO.7 家入レオ / LEO IEIRI

家入レオ。
わずか16歳で福岡より上京し、楽曲制作やライブ活動を行う。
先月より始まった月9ドラマの主題歌「君がくれた夏」もリリース中。
まだ20歳という彼女の気持ちを素直に聞いてみたい。
今回は、「輝き人!」として家入レオさんをご紹介します。

―PROFILE―
家入レオ
ieiri leo
1994年12月13日生まれ。福岡県出身。A型。
シンガーソングライター
13歳で音楽塾ヴォイスの門を叩き、青春期ならではの叫び・葛藤を爆発させた「サブリナ」を完成させた15の時、
音楽の道で生きていくことを決意。翌年単身上京。日本レコード大賞最優秀新人賞を始め、数多くの新人賞を受賞。初のワンマンツアーでは全公演即日完売した。
先月より始まった月9ドラマの主題歌を担当し、現在最も若き輝き人!

interview

ーお忙しいところ取材に応じていただきありがとうございます。
学生相手に取材を受けるのはこれが初めてですか?
家入:そうですね、そういう機会は少ないです。普段は大人の方と行動を共にすることが多いので、久しぶりに同世代の方とお会いできてとても嬉しいです。
ーそう言って頂けると嬉しいです。ではまず、歌手を目指したきっかけを教えてください。
家入:一番大きかったのは、尾崎豊さんとの出会いです。幼い頃、家に一人でいるときはカーステレオで音楽を流していてCDと一緒に歌ったりしていました。なので、いつも身近なところに音楽があって、漠然と「自分は歌手になるんだ」と思っていたんです。そんな中で、歌い手というより、自分の思いを歌で表現したいというきっかけをくれたのが13歳のときの尾崎豊さんとの出会いでした。当時私は女子中学校に通っていて、思春期に女の子しかいない環境というのは結構追いつめられる部分があると思うんですよ。スクールカーストとか、一言一言すごく気を遣っていたりとかそういう空気感がすごく嫌で。どこに自分をさらけ出していいのか分からなくなってしまったんです。そんな時に尾崎豊さんの曲を聴いて、すごく衝撃を受けました。当時は尾崎さんの「好かれようとしていない姿勢」がとても輝いて見えたんです。そして自分も歌を作ってみたいと思って地元の音楽スクールに入りました。
―歌がもともと身近にあって、自分の思いを歌で表現したいと思ったのは尾崎豊さんがきっかけだったということですね。尾崎豊さんの曲は小さい頃から聞いていたのですか?
家入:代表曲は知っていたのですが、ちゃんと聞き始めたのは13歳のときです。衝撃を受けたのは「15の夜」という曲です。
―有名な曲ですよね。
女子校出身ということでしたが、実は私も中高6年間女子校なんです。家入さんは学校ではどんな生徒でしたか?
家入:特定のグループというよりは、とにかくバランスを取ることばかり考えていました。そして、そういう自分もすごく嫌でした。やっぱり嫌われるのがすごく怖くて、自分を隠していたかんじです。私の学校は大学まで行ける学校だったので、これからずっと何も変わらないのかという窮屈さも感じていました。同じ制服を着て同じ教科書を開いて、同じ席に座って、「これが何になるんだろう」と思ったし、自分の席に違う子が座っても誰も気付かないんじゃないかな、とか本当の意味で気にかけてくれる人っているのかなと感じていました。それでどんどん音楽に気持ちが傾いていき、15歳のときに東京行きの話が出ました。デビューが決まっているわけでもないですし、色々な大人にも反対されてすごく迷いました。チャンスをあきらめようとしたこともありました。でも、一人でゆっくり考えようと思って街に出た時に、街角で流れる音楽を無意識に口ずさむ自分がいて。自分には本当に音楽しかないと思って、上京を決めました。
―デビューが決まってない中での上京となると、不安ですよね。
家入:今なら反対される理由も分かりますが、当時は音楽をやりたいという気持ちが強かったので、「何でここまで反対するんだろう」と思っていました。
―今はもう、周りも大人の方ばかりですよね。私は同世代ばかりの中で生きているので…
家入:逆ですね(笑)。でも素敵なことだと思います。
―良い大人に出会えると、自分も変われそうな気がします。家入さんもそうでしたか?
家入:上京当時はいっぱいいっぱいでした。東京に来た時にプロフィールづくりがあって、今お話しているような感じで色々と質問されるんですけど、「なんで初めて会った人に色々と言わないといけないんだろう」って思って黙りこくってしまったんです。でも、そんなときでも「大丈夫だから」「音楽一緒にやっていこうね」って言われて、この人たちは今まで出会った人たちとはちょっと違うと思いました。そこから少しずつ変わっていったと思います。
―上京当時は大変だったんですね。ご出身は福岡ということですが、忙しくてなかなか帰れないですか?
家入:そうですね、ちょっとバタバタしていて…
―遠いですよね。私、生まれが鹿児島なので分かります(笑)。
家入:ええっそうなんですか!遠いですよね、なかなか気軽に帰れないですね。

ーもし別の道として、普通に就職する人生を選んでいたとしたら、就いてみたい職業はありますか?
家入:…たぶん他の職種にはつけないと思います(笑)。なので、こういう自分を受け入れてくれる場所があって恵まれていると思います。
あぁでもそうですね、私がもし大学に行っていたら今大学3年生ですか…そういう人生もあったんですね(笑)。
―今3年生で、来年から就活というかんじですね。受験とか就活とか将来を決める選択が自動的にやってきて、来るから決めざるを得ないという人も多いと思うんですけど、それより前に自分のやりたいことがはっきりと決まっていたのは羨ましいです。
家入:私はすごくせっかちなんです。このまま同じ場所にずっといて、自分の生きたいように生きられるのか疑問だったんです。それに、もし自分から全部が奪い去られてしまっても、ちゃんとやりたいことの技術を身に着けていればどこにいても通用するはずだって思っていて。学校も守ってくれるかっていうとそういうわけではないですし、未来を保証してくれるわけでもない。そう思って行動していたので…行動力はあった方なのかもしれないです。
ーたぶん、行動力はかなりある方だと思います(笑)。せっかちということですが、普段の生活でもせっかちな部分はありますか?
家入:あります(笑)。今答えがほしいものはすぐに返ってきてほしいと思います。
―私はたぶん逆です。むしろ先延ばしにしてしまうというか、「まあいっか」って思っちゃいます。
家入:いや、きっとそれが必要なんだと思います(笑)。
―家入さんはきっと歌手が天職なんですね。
家入:天職かは分からないですけど…周りが決めることだと思いますので。この業界は、求められないと成立しないですし、続けていくのはすごく難しい。私が福岡で通っていた音楽塾ヴォイスっていうところが寺子屋みたいなところで、現実を教えてくれたんです。毎年1000組がデビューしても1年後に残ってるのは、ほんの一握りいるかいないかの世界であることとか。なので、デビューできたからといって全部がうまくいくわけではないですし、常に気持ちを張っていかないといけないと思います。天職だねって言われるように今後も頑張っていきたいです。
―将来の計画をたてていくタイプですか?
家入:いえ、結構フィーリングです(笑)。これと思ったことをどんどんやっていくタイプです。
―この人みたいになりたいという方はいますか?
家入:尊敬できる歌手の方はたくさんいます。ただ、芸能界は同じ人は二人いらない場所だと思うので、私は家入レオらしく、伝えていきたいと思ったことを歌にしていきたいと思います。
―今後、家入さんはアーティストとしてどういうメッセージを伝えていきたいと考えていますか?
家入:私はデビューして4年目なんですけど、この4年間の中で色々なことが変わりました。色々なことを吸収しましたし、変わらないものもありました。過去を振り返った時に今と違っていても、それが成長ですし、いいと思うんです。なので、今の瞬間に一番大事にしているものと守っていきたいもの、そのときに胸を焦がしているメッセージについて歌にしていきたいと思っています。
―音楽を仕事としてやっていく中で、どうしても世間のニーズがあると思いますが、そちらに寄っていってしまうことはありませんか?
家入:確かに、その点についてはデビュー当時はよく考えていました。売れなければ意味がないし、結果を残さなければやっていけない職業なので。でも、そこばかり意識していると自分がなくなっちゃうんですよね。時代の着せ替え人形になってしまう。私は、いつの時代も変わらない音楽が絶対存在すると思っていて、例えばビートルズとかいつ聞いても古くない音楽をやっていきたいと思っています。なのであまりそこは意識していないです。

―アーティストとして成功を感じている瞬間はありますか?
家入:いえ、まだ全然ないです。
―現在、月9の主題歌を歌われていますが、「来るとこまで来たな」という感じがしませんか?笑
家入:いえ、本当に周りの方の支えがあってやってこれたので、ここからさらに一歩一歩登らないといけないと日々思います。それに、そこで満足してしまうとすぐに音楽に現れて、それこそ需要がなくなってしまうと思っています。
―お話を聞いていると、とてもストイックなように感じます。
家入:感情の起伏が激しいので、周りのスタッフさんは大変だと思います。デビュー当時は、一人で閉じこもってしまったり、喋らなくなってしまうこともよくありました。
人生で初めての経験って、同世代の人たちとやってると和気藹々とできるじゃないですか。でも大人のチームの中でやっていると私だけが経験していないので、そこに寂しさを感じることがすごくありますね。なので、今日は久しぶりに同世代の方に会えてよかったなあと思います。嬉しいです。
―そう言っていただけるととても嬉しいです。確かに私達は色々な事をみんなで経験するので、環境が違うと捉え方も変わりそうですね。
家入:そうですね、全然違うと思います。どちらが良いということでもなく、どちらも大切なんでしょうね。
―同世代のアーティストさんで仲の良い方はいますか?
家入:今友達作りキャンペーン中です(笑)。
私は人見知りが激しいので、スタッフさんたちとどこかに行くことが多いです。
―同世代が周りにいない不安ってありますよね。同世代だからこそ共有できる感情があると思いますし…
家入:そうですよね、それってとても大事なことだと思います。ただそこからかけ離れています(笑)。本当に、お父さんくらいの人の中にいるので。
―アーティストの方って、高校や大学を卒業してからなる方も多いと思うんですけど、高校を卒業してからという風には考えなかったですか?
家入:私が高校生のときに上京したのは、たまたまチャンスが来たのが15歳のときだったことと、色々なしがらみから自由になりたかったことが理由としてあります。自分のいる場所はここではないと思ったんです。
―自由になる分、責任も大きくなりますよね。
家入:なりますね。もしデビューできていなかったら今頃一人で東京のどこかで頑張っていたんじゃないですかね…。とても恵まれていたと思います。
―東京に出てきてもデビューできないんじゃないかとか、それなら今のままでいいとは考えなかったですか?
家入:それもすごく考えていました。でも、後悔できるって本当はすごく良いことだと思うんです。後悔できるほどのチャンスが自分のもとに来たってことじゃないですか。大学を卒業してからやっていくっていうのが最短ルートで一番いいのかもしれないと思ったんですけど、はたしてそれが心に響くのだろうかと思ったんです。それで、今飛び出した方がいいと思いました。
―最初は大変でしたか?
家入:大変でした。学校とお仕事の現場があったのでうまくバランスが取れないこともありました。
―学業との両立はどうでしたか?
家入:デビューしてからはほぼ現場にいたので…お二人のようにはしっかり勉強していなかったです(笑)。
慶應義塾大学なんてすごいですよね。「慶應」っていう名刺があるだけで幅がすごく広がるから、私にはない武器だと思います。
―家入さんは、もし大学に行っていたら勉強してみたかった分野とかありますか?
家入:私は、もとから英才教育コースの人生にいたわけではないんです。それで多分中学に入ってからも周りについていけないところもあって、音楽を始めました。大学云々って考える前に音楽をやり始めたので本当に音楽しかなかったと思います。

―先ほど、アーティストとして成功を感じる瞬間はまだないという話でしたが、コンサートの時にお客さんがすごく感動したりしますよね。そういう時は成功を感じたりしませんか?
家入:成功っていうと余計な意味がくっついてきてしまう気がして、その言葉があまりしっくりこないんです。LIVEをしている瞬間は「生きていてよかった」と思います。すっごく面白いなと思うんですけど、話したこともないのに、私の3分半の歌を1回聞いただけで「家入レオのLIVEに行ってみよう」と思って来てくれるわけじゃないですか。そこで涙してくれたり笑顔になってくれたりとか。LIVEは、会話もしていないのに会話する以上に心のつながりを感じる場所です。LIVEがなかったら今の活動をやっていないくらい大きなものだと思います。それを成功と呼ぶのかは分からないですけど、あの空間は自分にとってお金では買えないものですごく大事です。
―多分、お客さんも生きていてよかったと感じていると思います。素朴な疑問なのですが、大勢のお客さんの前で歌うのは緊張しないですか?
家入:していました。今でも、ステージに出る前は緊張します。でも、出た後は逆に気持ちよくなるというか。ステージ上では弱さとか汚いところをさらけ出しても全部受け止めてくれるし、それで心を震わせられる瞬間があったりするので、本当に不思議な場所だと思います。
―そこに立たないと分からないこともありそうですね。
家入:そうですね。LIVEをやると日常がつまらなくなってきてしまいます。なかなかLIVEを超える刺激的なことには出会えないので。そこに少し困っています(笑)。
―私はLIVEに行く側の人間ですけど、帰りの電車に乗っているときとか切なくなります。現実に戻ってきたな、みたいな(笑)。
家入:切なくなりますよね。例えばさっきまで4000人の前でLIVEしていたのに、私いまスーパーで買い物してるわ、みたいな。その切なさというか、ギャップがすごくて。そこに心が追い付いて行かないときはあります。
―スーパーで買い物とか…するんですね。
家入:しますします!(笑)
―意外でした(笑)。
―LIVEで新曲を披露するときに不安な気持ちはありますか?
家入:不安と言うよりも、どうやって受け止めてくれるんだろうというわくわくが大きいです。3000人が聞いたら3000人の理解の仕方があるわけじゃないですか。私の一部だったものが感情をもって走り始めるというか。大きくなって育ててもらって、「こんなに大きくなったんだよ」って曲自体が手を振っているかんじです。
―映画とかでも、公開されてからはお客さんが育ててくれると言いますよね。
曲に詞をつけるときは、「よしやろう」と思って書けるものなのでしょうか?
家入:書けるときもあります。ドラマの主題歌は締切があるので、できるまで地下のスタジオにこもります。家かスタジオのどちらかで書きますね。デビューしてからはスタジオが多いです。
―作曲はいつごろから始めたんですか?
家入:13歳のときです。地元の音楽スクールに通っている時に、作詞作曲や音楽の理論みたいなものを学びました。
―そのときと比べて今作られている曲の違いはありますか?
家入:やっぱりLIVEを経験して、もっと人に伝えようと思ったことで、心の窓口が広がったというのが大きいです。でもやっぱりまだまだだと思うし、力をつけていかなくてはいけないと思います。
―ご自身の体験をもとに作ることが多いですか?
家入:そうですね。以前は全て実体験で曲を書いていたんですけど、そうすると同じような曲ばかりになってきてしまうので、今は映画や小説をもとに作ることも多いです。映画も小説も、そこに触れて生まれた感情というのは自分のものなので。それを曲にしたら嫌われてしまうから感じたものを書き換えちゃおうというのは許せなくて。なので、映画や小説からヒントをもらって、曲を作ることが多いですね。

―先日「Silly」を出した時の家入さんのインタビュー記事を読みましたが、Sillyは湊かなえさんの小説の内容をもとに作られたんですよね。あの曲は今までの曲とは何かが違う気がして。家入さんの考え方や価値観の変化が曲にも表れているのかなあと感じました。ただの感想ですが(笑)。
家入:本当にそうなんです。Sillyは自分の中でも転機になった曲でした。デビュー曲「サブリナ」は「愛がほしい」って言っていたんです。私はそこを軸に曲を書くことが多かったんですね。でも自分が欲しがっている愛って何なんだろうって分からなくなってしまったんです。どうやったら満たされるのかが分からなくて。その状態をそのまま歌にしたのがSillyです。今まで欲しがっていたものが分からなくなってしまって、これから分かるかもしれないし永遠にこのままかもしれない。でもやっぱり嘘はつきたくないから、分からなくなってしまったことをちゃんと歌にしようと思いました。満たされない気持ちというか。
―歌詞のなかでも「何かを求め~」とありますよね。
家入:そうです。「何かを求め 確かめたくて 今日も生きてる」。
家入:こうやって話していると、大学行っていたらこんな感じだったのかなあって思います。
楽しいですか?大学。
―…そうですね、やっぱり時期によって忙しいことも多くて、楽しいと感じなくなることも多いです。もともとやりたいと思っていたことをしているはずなのに、「どうしてここを選んでしまったんだろう」と思ってしまうこともあります。
家入:でもそれはちゃんと頑張っている証拠ですよね。楽しいとか分からなくなるくらい距離が近付いているということなので。やっていなかったら何も分からないですし。かっこいいと思います。
―そう言って頂けると救われます。家入さんは、今のお仕事をやっていて嫌になることはありますか?
家入:あります。しょっちゅうです。でも、LIVEで救われるし、こうやって同世代の方とお話しするともっと頑張ろうと思います。100%自分の仕事が好きな人っていないと思います。忙しいことすら楽しいって思えるようになったらいいんでしょうけど、私はまだその次元に来ていないので、つまずいたりくじけちゃうこともあります。
―でも、やめようと思ったことはないですか?
家入:そうですね、やめようと思ったことはないです。
―デビュー当時は20歳前だったんですよね。そのくらいの時期は人間として色々と変化する時かと思いますが、今デビュー当時を振り返ってみると、変わったなと思いますか?
家入:変わったところもありますし、変わっていないところもあります。とにかくデビュー1年目がすごかったです。ついていくのも大変だったし、動いているものの大きさや人の数が。でも3年ちゃんと駆け抜けたから今4年目があると思うので、ちゃんとこれからも駆け抜けていきたいです。自分の中では、こうやって喋れるようになったっていうのが大きいですね。前は人と話せなかったので。
―他の職業にはつけなかったとご自身で感じるのはそういうところですか?
家入:それもありますし、とにかく山の天気で気分が変わるんです。そういうところです。
―でもその方が人間らしいですよね。私が結構感情が平行線なので(笑)。適当というか、あまり何も感じないんです。
家入:それは、本当は感じているけど、感じていないように見えるんじゃないんですかね。お話したかんじだと、繊細なように感じます。
本当に私は山の天気なので…「レオは寝て待て」っていうことばが最近言われているくらい(笑)。
―気分が変わりやすいというのは昔から変わらないですか?
家入:そうですね、そこは昔からです。デビュー前はすごくコンプレックスでした。うまくバランスをとらないといけないのもすごくストレスで。意見が変わる時も、変わる前は本当にそう思っていたのに、意外にすんなり変わってしまったりするんです。なので、そういう時はちゃんと謝ります。

―音楽をやり続ける理由はどこにあると思いますか?
家入:待ってくれる人がいるからです。それが私の一番の支えになっています。
―家入さんの世界観とはどのようなかんじですか?
家入:私は表面より中身を大切にしたいので、いつの時代も変わらない音楽を目指していきたいと思っています。ただ盛り上がるとかただ嬉しいとかではなくて、なぜ嬉しいのか、それはこういう感情があるからだと、ちゃんと歌に意味を持たせたいんです。ただ好きとか愛してるという歌も大切だと思うんですけど、愛してるって思うのは君の寝顔を見ているからなんだよとか、切なさから来ているんだよとか、奥の方まで書いていきたいし、そういうスタンスでこれからもやっていきたいと思います。
―時代を超えて愛される曲というのはどのような曲だと思いますか?
家入:それは難しいですね…時代や求められている物って変わっていくので。でも、ちゃんと自分を貫いていないと伝わるものも伝わらないと思うので。自分が信じている物を歌っていくことが大切だと思います。
―家入さんの信じているものは具体的にいうとどんなことですか?
家入:音楽です。絶対変わらない音楽があると思っていますし、飾りだけの音楽じゃなくて中身がある、芯の詰まっている音楽を作り続けていきたいと思っています。
―歌以外の音楽はやったことありますか?
家入:ギターやピアノはやったことがあります。ピアノは昔からやっていましたが、ちゃんとやり始めたのは13歳のときに通い始めた音楽スクールです。そこで作曲ができるくらいにはなりました。
―今後、音楽活動でもそれ以外でも、挑戦してみたいことはありますか?
家入:もっとLIVEを中心とした活動をしていきたいです。制作も、もっとしていきたいです。ずっと一緒だと飽きられちゃうので、新しい風やエッセンスを取り入れていきたいと思っています。以前は武道館でLIVEをすることが目標だったんですけど、ツアーをしていると、大切なのは場所の大きさじゃないと思うようになりました。その場にいるお客さんの笑顔や涙を大切にしていきたいと思っているので、挑戦というような大きなことよりも日々のことをちゃんとやっていくことが重要だと思います。
―LIVEのときは、お客さんの顔は見えるんですか?
家入:見えるんです。特にMC中は見えます。
―そうなんですか!見えないと思っていました。MCは得意ですか?
家入:いいえ(笑)。MCはすごく苦手だったんですけど、レギュラーのラジオをやらせていただく機会があって、1年ちょっとラジオをやってからはしゃべれるようになってきました。もっと腕を磨いていきたいと思います。
家入:勉強してました?やっぱり。
―勉強ですか…。中学くらいまではあまり何も考えずにやっていました(笑)。高校生になって、行きたい大学ができてから、はじめて自分の意志でちゃんと勉強したようなかんじです。家入さんは、勉強は好きでしたか?
家入:大嫌いです(笑)。でも面白いですねこうやって話すと!そちらの道もおもしろそうだなと思います。
どうでしたか?女子中と女子高は。
―やっぱり中学と高校は変わりますね、高校は落ち着いていた気がします。ちょっと特殊ですよね、女子だけの世界って。
家入:男の子がいないから、やり方を考えなくなりますよね(笑)。しかもわかりますよね、女子校出身って。
女子校出身ってだけで親近感がわきます。
―私もです(笑)。

―同世代や高校生に向けて、メッセージはありますか?
家入:学校という場所がすごく変化してきていると思うんですけど、学校の中でコンプレックスに思っていたことが一歩社会に出ると強みになることって多くて。なので、自分のことを自分で嫌いになりすぎずにいてほしいと思います。学校って本当に小さい世界なので。力をたくさんためこんで社会に出るのもありだし、学校が嫌だと思うのならやめるだけの覚悟を持って、ちゃんと人生を生きていくだけの力をつけていくのも私はありだと思います。コンプレックスや弱いところは絶対に自分の糧になると思うので、消そうとしないでほしいです。
―何かしらコンプレックスはありますよね、みんな。
家入:そうですね。本当に世界は広いので。この瞬間も行こうと思えば飛行機に乗って海外とか行けるわけじゃないですか。なので色々なことを吸収できますよね。私も、20代は良いことも悪いこともたくさん経験して良い30代を送りたいと思います。
―20歳になって心情は変わりましたか?
家入:変わりました。自分のことにより責任をもつようになったのがすごく大きいです。デビューしてからは常に守られていたし、それがありがたい反面、重くなってしまう時期もありました。なので、20歳になって開放的な気持ちになりました。それに、成人してからすぐにアルバムのリリースとツアーがあったので、そこでまた一つ大きくなれたと思います。あと、お酒を飲めるようになったのは大きいです。打ち上げの席で深い話をできる場所にいられることがすごく大きいですし、色々な大人の話を聞くと人生燃えます(笑)。
―ツアーに行くと結構色々な場所を回りますよね。観光とかなさりますか?
家入:いえ、なかなか観光まではできないです。でも、その土地に足を運ぶだけでも分かることがありますし、その土地からメッセージをくれていた人に直接会いに行けるツアーっていうのはすごく大切なものです。
―よくLIVEとかでも「今日のお客さんは~」とか言いますよね。会場とか場所によって雰囲気って違うんですか?
家入:違うんです。土地によって同じ日本でもこんなに違うのかと思います。なので、海外規模だと色んな常識とか崩れるんだろうなと思います。それも早く体験してみたいですね。
ー本日は本当にありがとうございました。今後も応援しています。
家入:こちらこそ本当にありがとうございました。


ニューシングル「君がくれた夏」youtubeより。
取材協力:株式会社研音、 株式会社JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント

取材:西村三香子・梶裕太  編集 高橋祐貴

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