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#11 奈良三赤線の終焉 一斉に解散式 洞泉寺特飲街組合は伊勢参りで“慰労会“へ

 ついにこの日が来た。大和タイムスは連日一面トップで大きく赤線最後の日について報じている。それだけ世間の関心が高かったことを表している。業者や接待婦たちはどのように最後の日を迎えたのか、以下で紹介する。

県下三特飲街 従業婦も人生の再出発

 今日15日で県下三特殊飲街の街灯が消える。過去三百有余年、日本女性の悲しみを秘めて性売買した公娼制度が売春防止法の全面発効でついに姿を消すことになったわけだ。必要悪の名のもとに女性の紅涙を絞った歴史に終止符を打つ県化の赤線地帯、奈良市木辻、郡山岡町、洞泉寺59業者は明日十六日組合解散式を行って一斉転業に踏み切り、またこの三特飲店に生活のカテを求める不幸な女性268人も今日一日で泥沼の生活から解き放たれて、結婚、就職、帰郷と新しい人生に再出発の第一歩を踏み出す。一斉廃業を胸に三特飲街は、もう一ころの栄華を誇った面影はなく、七色のネオンも消えて引子のおばあさんの客引く声も、接客婦の嬌声も聞かれない。業者も接客婦も明日からの生活に思いを巡らせながらただ無言の表情である。
 転廃業について接客婦に聞いてみると、結婚、就職、帰郷とはいうものの、具体的な生活設計を立てているものは少なく、ただケ・セラ・セラ。相談所を訪れる女性も増えているとはいえ、まだちらほらという程度である。
 彼女らの“なんとかなるだろう”というのには、若さという最大の強みがあるが、哀れなのは50歳以上という年齢の60〜70人もの引子。ほとんど夫が戦死したとか長い病気だとかいう家庭事情にあり、廃業は今後生活のカテを絶たれる問題と憂いている。福祉事務所で業者や接客婦とは別に生活保護を検討するとはいっているが、「16日からの生活はどうしたらいいのか・・・」と訴える声も心細げである。
 このように赤い灯は歴史の流れによって消えるべくして消えていくが、売春防止はまだ今後にさまざまな問題が残されているようだ。(『大和タイムス』昭和33年3月15日)
※1 井岡康時「奈良町木辻遊廓史試論」(奈良県立同和問題関係史料センター『研究紀要』第16号、2011年)

昨日、県下三赤線の解散式

更生へ第一歩踏み出す だが前途多難な従業婦の就職
 奈良市木辻、郡山岡町、洞泉寺の県下三赤線地帯、59業者は15日に廃業、16日は午前9時からそれぞれ特飲街組合の解散式をして、その歴史ある紅灯に終止符を打った。公娼制度が実効されてから370有余年(注意:公娼制度は明治以降、江戸期の幕府公認は木辻遊廓のみだった※1)。七色のネオンのもとで虐げられ、もてあそばれてきた三遊廓268人の女性たちも、この日は再出発の希望に目を輝かせ、思い出に哀歓込めて式に参列した。
 奈良市木辻特飲街の解散式は午前9時から同木辻カフェー料業組合事務所の2階で県、市関係者多数が参加して行われた。まず中岡組合長が「奈良の名物の一つだった木辻花街が姿を消した。悲しみも嬉しいこともあったが、社会の大きな流れに沿い、皆様とともに解散します。これからの将来を考えるとき、きわめて多難なように思われます。新しい気持ちを抱いて新しい生活を、苦難の道を乗り越えてやって行きたい」と挨拶。今日まで苦労を共にした従業婦に業者から感謝状が贈られた。終わって、奈良市社会経済部長(市長代理)、県厚生労働部長、奈良署長、売春防止対策委員から「皆さんは深い事情があってこの道に入られた。改正になった法の精神を理解しこれからは心をしっかりと持って、それぞれの健全な生活に入り、女性というホコリを持って地道に力強く生きてください」とそれぞれ激励、従業婦代表の敷島楼Tさんが「いろいろの意味で忘れ得ない生活でした。今まで親となり姉となりしてくださった組合の人たちに、心からお礼を申し上げます。みなさまの期待に沿うように努力していきます」とあいさつ。式を終わった。(『大和タイムス』昭和33年3月17日)

1人千円の餞別が手渡され、洞泉寺組合はお伊勢参りに

 この日、奈良市長、県売春防止対策委員から1人千円の餞別が贈られた(当時の大卒初任給が月額1万円に満たない額だった)。木辻特飲街はこれで全く姿を消したわけだが、同組合としては観光奈良という特性から“木辻”という名称はあくまで残し3月末で組合を一応解散、4月上旬に「倫理委員会」をつくって自主的に運営、各地の情勢を見た上で新しい時代に沿った歓楽地帯を作ることを予定している。しかし解散式はしたものの従業婦だった7〜8割までが就職も、身のふり方も決まらないという不安定さで、県婦人相談所の一時保護施設に入るものもわずかしかなく、この調子では青線に転落する者も続出すると予想され、転業、更生のための融資も思うにまかせない状況で前途は多難のようだ。
 一方、郡山市の岡町、洞泉寺両組合でも午前9時から県市関係者多数を招いて行い、木辻と同様1人千円ずつの餞別が手渡された。なお、洞泉寺特飲街組合では、式終了後、業者、引子、接待婦らがそろってバスで一泊二日のお伊勢参りに出発した。(『大和タイムス』昭和33年3月17日)

 洞泉寺遊廓の組合では、各店の女将、楼主、引子、接待婦が一同に慰安会に出かけている。この新聞記事の内容を旧川本楼資料を整理している担当者に報告したところ、旧川本楼に残されていた写真資料に、この時のものだと思われる写真があるそうだ。こんなふうに、残された資料と新聞から読み取った歴史が見事に合致すると、ひとつ分からなかった歴史の解明が進んだようで嬉しい。

 最後に、一斉廃業前日の3月15日に、当時の婦人会の女性が書いたコラムが掲載されていたため紹介する。一般女性の「まなざし」についてよくわかる記事だ。同じ女性として共感できる部分もあり、ジェンダー(性差)の歴史について考えさせられる文章だ。当時の女性の社会的地位は低く、小さな声にすぎなかったこともよくわかる。

性のはけ口と言われる接待婦について

 先日赤線の女性たちと会う機会があった。次々と目の前に現れたその人達が、私たちの予想を裏切って意外なほど清楚な大人しいまともな人々なので、内心驚きながら私はある残酷な言葉を思い浮かべ、しばらく顔をあげられなかった。
 その言葉は「性のはけ口」。有識者とやらいう偉い人々は赤線を廃止すると若人の「性のはけ口」がなくなるから人道上殺生だとしきりに力説する。そんな未婚者の「性のはけ口」についてご心配ならひとつ、あなたのお嬢さんか奥様を社会奉仕のつもりでお女郎になさってはいかがですか?と問えば「それは困る」と即座に拒否なさるだろう。死んでも自分の娘や妻にその商売だけはさせたくない。そんな辛い賤業を苦界に身を沈めなくては生きられない貧しい家の娘や妻にだけは平気でさせておくというのであろうか。なんという非人間的な特権意識だろう。およそ人の◼️の考えるべきことではない。
 赤線に遊ぶ人の統計を見ると、その8割は妻帯者だという。つまりやむにやまれぬ「性のはけ口」を求めて行くのではなく、判然とした享楽なのである。男のわがままな享楽のために、十数万の女性がひどい肉体酷使と劣等感のため、一種の廃人になって行くのを平気で見ていようというのだろうか。
 売春を「互慰行為」だとして哀れな女性を助けてやっているような口ぶりをする男性がいるが、彼女たちはお金さえあれば、こんな情けない商売は決してしませんと、涙をこぼしていた。みな目をつぶって屈辱に耐えているのである。
 もし未婚者の「性のはけ口」が絶対に不可避なものなのであれば、社会も社会も家庭も◼️◼️それこそ甚大な問題として真剣に考える必要があるだろう。腹が減ったら盗みをしてもいいという理屈はないように、「性のはけ口」は赤線で女を買って安易に解決する問題ではない。男性が成人し、どうしても妻帯が必要なのに現状では結婚できないというのであれば、賃金、住居などの諸問題を国家や社会がもっと政治の基本的な問題として取り上げるべきだ。
 売春防止法が施行されても売春婦は無くならないと人はいう。ほとんど予算の裏付けもないのだから、彼女たちの全部が更生することはまず考えられない。
 しかし、性の搾取構造と新しい転落者をなくすることだけは、確かにできる。素人も玄人も見分けがつかぬほど◼️◼️の乱れ切った今の社会に立った数千円のカタギの仕事を与えて彼女たちだけに更生しなさいと説教することは、流石に私はできなかった。
 せっかく更生しても、この乱れた世間を見て再転落の誘惑に抗しきれないからだ。本当に売春を無くそうとするならば、赤線を廃止し彼女たちを更生さすだけではどうにもならない。
 青線、白線、黒線、黄線、待合と善良な主婦たちには想像もできない性の巧妙な売買システムと場所が、どんな土地でも大繁栄している現在、もう少し正気に戻った社会に作り直すことが先決だ。そして健全な社会はやはり健全なる家庭によって作られることを思うとき、私たち母親や主婦の任務は大きいと痛感する。(婦人民◼️クラブ 森田尚子

次回は、売春防止法施行後の様子について紹介する。接待婦たちはそのごどうなったのであろうか。

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※ヘッダ部の写真は現在の洞泉寺町にある旧川本楼の建具
※この記事は昭和30年代のものであり、現在では不適切な表現が含まれることがあるが、当時の記者が伝えたかったことを尊重し、改変せずそのまま掲載する。
※文字が読みにくい部分は◼️で表した。
※数字は、原本は縦書きであるため漢数字になっているが読みやすさを優先し、アラビア数字に変換した。


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