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詩┊ 『ざねりの夜』

わすれたい。わすれさせない。おまえがだ、



もうあたりが藍に染まる

ブラックコーヒーは苦いけど不安と震えを喉の奥に無理やり押し込めるから好きだ
でも乗り遅れた電車が、幕を剥がすように現れた夜が、美しかったから今日はラムネを飲むことにした。瓶は重たくて、でも街灯を食べるように光を孕んでいて綺麗だった

あいつみたいに自分を好きになりたかった
あいつみたいに迷惑なんて構わず先生に言い返して怒られてみたかった
あいつにあんなことを言わなければよかった

ラムネ瓶の炭酸が星みたいに瞬いた
瞬いたからぜんぶいやになった

だから僕は今度こそ到着した乗り換えの電車にも乗れば帰れるのに乗らなかった
滑稽で笑みが溢れる
それは人を吐き出し喰らう車体の胴を前に動けない自分に笑ったのだと思う
この電車は僕を乗せるためでなく、氷点下だから雪になった水蒸気みたいに流動的で平面的だ
僕のことなんてどうでも良く時間通り進んでいく


雪は好きじゃない
どんなものも覆い隠してしまう
醜い感情も後悔も
あいつと初めて出会った秘密基地も
おもいだしたくない
わすれたい
わすれさせない
おまえがだ


雪が僕を真っ白に塗り替えてくれたら
もうこんな夜は見なくていいのに


最後の電車は速いものだった
あのガタン、ガタン、という揺れなく疾く静かに僕を連れ出したのだ
車掌さんが回ってくる
これは大人の乗り物だって
お小遣いの3分の1を車掌さんへ渡す
明日のおやつは二人分買えないな
なんて

きみはいない

ずっと乗っていたい
どこまでも行けるかな
そんなの無理だよ

だって僕は

ラムネ瓶が落ちた
ころころ転がってドアの前でコンと固まった

届かないのに呼応する
遥かな銀河に連れてかれる
僕はジョバンニを思い出す
そしてカムパネルラ
ふたりはきっと
どこまでも一緒に行こうよ
そういいながら世界を駆けていく

そういうのが出来ない脆く酷い僕は、最寄りで突き出されたように降りた
かえろう
ふつうに生きてふつうをやろう
今日から僕は炭酸とこのラムネ瓶を忘れられないだろう

駅には街灯ひとつもない
物語は終わった
僕が終わりにした
もう僕にスポットライトは当たらない

なぜなら僕が


___僕がザネリだから



藍の雫が落下した

そして街は藍に溶ける

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