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心残り(59作目)

亜美はコンビニのイートインスペースでおにぎりを食べていた。SNSを観ながら暇を潰す。今日の仕事もつまらない。
なんとなく顔をあげると、目の前を様々な人が通り過ぎていく。
誰も亜美の方を見ない。
亜美は自分が、誰かの景色と同化しているのだと感じた。

二個目のおにぎりを食べようとしたとき、亜美は反対側の歩道に知り合いを見つけた。
カフェのテラス席に座ってパソコンを操作している。
彼は、亜美の中学生時代のクラスメイトだ。
どうして亜美が、彼のことを遠目でも分かったのかというと、亜美は彼に対して苦い思い出があるからだ。

中学生の時、亜美は彼に恋をしていた。
バスケ部だった彼は、中学生の時から背が高く、運動神経が良かった。
それでいて、賑やかなバスケ部の中で大人しい彼が亜美の目には素敵に映ったのだ。
当時、友人たちは派手な他の部員の方がカッコ良く見えていたらしく、亜美のセンスは悪いなどと言われていた。
中学三年生のバレンタインの日、亜美は一念発起して彼に想いを伝えることにした。

「あの、倉科くん、これ受け取って欲しい。」
亜美がラッピングされた箱を倉科に差し出した。
亜美の予想に反して、倉科は受け取ることすらしなかった。
「ごめん、俺、無理。」
そうとだけ言って、バスケ部の練習に行ってしまった。
「え・・・。」
亜美は想いを伝える以前に、作ったお菓子すら受け取ってもらえなかったことがショックだった。チョコが苦手だと聞いていたので、クッキーを準備した。前日に母親と試行錯誤しながら作ったものだった。
倉科にバレンタインのチョコをプレゼントした人は他にも何人かいたようだが、受け取ってもらえなかったという話は聞かなかった。
亜美は自分だけ受け取ってもらえなかったのだと知り、ショックだった。
それ以来、バレンタインの日にお菓子を渡すというイベントすら嫌いになった。

倉科を見つけて、亜美は苦い記憶が蘇った。
と、同時に、聞きたくなった。
どうしてあの時、受け取ってくれなかったのか。
亜美は、手に握ったおにぎりを二、三口で食べ終えて、コンビニを飛び出した。
横断歩道を渡り、倉科が座っている席の目の前に立った。
「倉科くん、久しぶり。」
亜美は、倉科が自分のことなんて覚えていないだろうと思っていたが、倉科は覚えていた。
「中学のとき同じクラスだった斎藤さん?」
「そうだよ。」
亜美は思いがけず、倉科が自分のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
にやける気持ちを抑えて、「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?」と聞いた。
「うん。少しなら。十三時から会議なんだ。」
亜美は倉科の前の席に座った。
「私、倉科くんに、ずっと聞きたかったことがあるんだけど。」
「何?」
「中学三年のバレンタインの日のこと覚えてる?」
「うん、覚えてる。」
倉科は、どこかバツが悪そうな、微妙な表情をした。
「私がクッキーを渡そうとしたら、倉科くんが無理だって言って受け取ってくれなかった。あれはどうしてだった?正直に言うと、今あの時のことを確かめたいと思うくらい、まだ引きずってるの。」
「ごめん。」
倉科は亜美に頭を下げた。
倉科は少し間をおいてから答えた。
「あの時、実は、斉藤さんの後ろに野次馬がいたんだ。」
「野次馬?」
「斉藤さん、クラスの女子にクッキー渡すことを話してたでしょ?それを盗み聞きしたクラスメイトが何人か隠れて俺たちのこと見てたんだ。それが目に入っちゃって。」
「そうだったんだ。知らなかった。」
「だから、恥ずかしくて。それに俺、手作りのものは苦手だったんだ。前に、砂糖と塩を間違えた物を貰ってから、手作りのお菓子は怖くて受け取ってないんだ。斉藤さんのは包み紙を見て手作りだって分かったから、手作りは無理だって、受け取れないって言おうと思ってたんだ。でも、野次馬で気が散って、見るなという気持ちと混ざって、斉藤さんにそう言っちゃたんだ。」
倉科は、過去に思いを馳せて後悔しているように見えた。
「本当にごめん。あの時、言おうと思ってなかったのに、無理だって言っちゃって、斉藤さんを傷つけてしまったって分かったんだけど、あの後、斉藤さんに避けられている気がして、謝る勇気が持てなかったんだ。言い訳にしかならないけど。」
亜美は、あの時の倉科の態度の謎が解けて、少しホッとした。
当時は凄くショックだったが、成長するにつれて、あの時倉科には何か事情があったのかもしれないと思うようになっていた。
「そっか。謝ってくれて有難う。あの時の謎が解けて嬉しかった。」
「今だったら正直に言えるのに、子供の時ってなんであんなにかっこつけたり、正直に言えないんだろうな。」
「ほんとだね。」
亜美と倉科は笑い合った。

「もうすぐ、会議の時間だよね?無理言ってごめんね。昔のこと、話してくれて有難う。」
「こちらこそ、謝るのが遅くなって本当にごめん。正直に言うと、斉藤さんがあの時のことを忘れていてくれたらいいなって、都合の良いことを思ってたんだ。でもそんなわけないよね。」
「そうだね。中学の時の友達と話した時とか、バレンタインの時期とかには、あの時のことを思い出してた。なんでだったんだろうって、疑問に思ってた。でも、今回ちゃんと謝ってくれたから。今日会えて良かった。」
「そう言ってくれて有難う。斉藤さんも仕事だよね?頑張ってね。」
「うん、じゃあまたね。」

亜美は、心残りだったことを消化できて良かったと思った。
本当は、あの日に戻ってやり直したい。
あの時去って行った倉科を追いかけて直接訳を聞けば良かったのだ。
でも、あの時の亜美には勇気が持てなかった。
もっと拒絶されるのが怖かった。
亜美は、少しだけ勇気が返ってきたような気がした。

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