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夜景

宝くじが当たった。一億円だ。
三波は心臓の動悸が止まらなかった。
数日前、なんとなく足を運んだスーパーの横に宝くじ売り場があった。
三波は宝くじの当選確率がかなり低いことを知っていたので、当たるわけなんてないとは思いつつ、なんとなく購入してみたのだった。
「嘘でしょ・・・。一億円?」
こんなに0が並んでいるものを見たことが無い。
三波はこのお金をどうしようかと考えた。

三波は全てが上手くいっていなかった。
高校卒業後、自分を変えたくて、家族から逃げたくて上京したが、お金の無い生活は苦しく、いくらバイトを掛け持ちしても一向に暮らしは良くならなかった。
一時期はアプリで知り合った彼氏の家に転がり込んだりもしていたが、その彼氏にバイト代を盗まれパチンコ代にされていたり、散々な日々だった。

これでどうしようもない人生を清算出来る。
そう思った三波は最低限の貴重品だけが入ったハンドバッグだけを持って家を飛び出すことにした。
家具家電も全て売り払い、賃貸の家も解約して、旅に出た。
三波はとりあえず北海道行きの航空券を買った。
北海道は高校時代の修学旅行先だった。
自分のことを誰も知らない土地に行って、全てをリセットすることに決めた。
ひとまず、良いホテルに泊まり、行ってみたい観光地へ行ってみることにした。

三波は、人生で一度は泊まってみたいと思っていたホテルのスイートルームを予約した。そのホテルは芸能人も泊まると言っていたほど煌びやかなホテルで、平日のこの日だけ偶然予約が入っていなかったらしかった。
市内を一望出来る最上階のその部屋は、景色を見るだけで感動した。
今までの不幸は、今日この日の為にあったのではないかと思えるほど、ありとあらゆる負の感情を洗い流すかのような美しい景色だった。

三波はお金も人目も気にせず行動できることがこんなにも自由で気持ちの良いものなのかと驚いた。

それから数日は、とにかくお金を気にせずに遊んだ。
どうせなら北海道の全てを周りたいと思い、三波は函館・札幌・帯広・釧路など思いつく名所を訪れることにした。

そんな中、事件は起きた。
三波は全財産が入った鞄を落としたのだ。
どこで落としたのか検討もつかず、三波は見知らぬ地で途方に暮れていた。
「どうしよう・・・。」
季節が夏だということだけが救いだった。
携帯電話すらも鞄に入れていて、三波は泣きそうだった。最寄りの交番もどこにあるか分からない。歩く人に尋ねてみたが、訛りが強くて何を言っているか聞き取れなかった。
三波はとりあえず街を目指して歩き始めた。

自分が自分を証明出来るものを何も持っておらず、着の身着のままで北の大地に立っていることに、段々と笑えてきた。
今ここで、遭難したり、事件や事故にあっても誰にも気づかれないかもしれないと思うと、怖くもあり、面白くもあった。
三波は、自分がこの状況でも、絶望せず楽しめているということが意外だった。

いつの間にか海沿いの道に出ており、寂れた自販機を見つけた。
ポケットの中を探すと100円玉が2枚出てきた。
「ラッキー。」
缶コーヒーを買い、適当な石の上に腰掛けた。
コーヒーは何故だかいつもより美味しく感じて、三波は海を観ながら思いを馳せた。
缶コーヒーのCMソングを思い出して、鼻歌を歌っていると、車が近づく音がした。
三波が音の方を振り返ると、「お姉さん、どうしたの?」と、車の中からガタイの良い男性が声を掛けてきた。
普段の三波だったら、見知らぬ大男の出現を怖がって一目散に逃げ出しただろう。
だが、何も持っていない三波は、そんなことを考えもせず、「全財産無くしたんです。」と軽やかに答えた。
大男は、「えっ?こんな所で?」と言い、三波を呆然と見つめた。
「笑い事じゃないでしょうに。」
「え?」
「お姉さん、北海道の人じゃないでしょ?訛ってないし。観光に来て全財産無くすって絶望的な状況なのに、ぼーっと海を眺めてるなんて、普通じゃないね。」
「あなたも訛ってないじゃないですか。」
「僕は、今は東京に住んでいるからね。丁度帰省してたんだ。で、これからどうするつもりなの?良かったら乗ってく?近くの交番まで送るよ。」
思わぬ申し出に三波の答えは決まっていた。
「有難うございます!お願いします。」

交番まで送ってもらいながら、三波は熊野という大男とたわいもない事を話した。
熊野が東京の満員電車が嫌いで北海道にもどってこようと考えている話だったり、三波が元カレにお金を盗られ逃げられた話だったりをした。三波がどんな不幸話をしても、「アンタの人生面白いな。」と熊野が笑ってくれたことが救いだった。
交番に着くと、熊野は「何かあったら連絡して。」と名刺を差し出した。
「有難うございました。」
と三波は頭を下げて、熊野の車が走り去るの見送った。
三波は人は見かけによらないのだと思った。

交番で鞄を落としたことと、何も持っていないことを話すと、警官に随分と心配された。
しばらく待っていると、電話をしていた警官が「あったよ。」と三波に告げた。
別の交番に落とし物として届いていたらしく、「良かったね。」と優しい笑顔を向けられた。

その日のうちに、三波は鞄を取り戻し、ホテルへと帰った。財布の中に入れていた現金10万円は消えていたが、その他の身分証やカード類は何も無くなっていなかった。
三波は早速、熊野にお礼のメールをした。
"あの時声を掛けてもらったおかげで助かりました"とメッセージを送ると、熊野からは、"良かった"とメッセージがきた。
続けて、"実は君が人生を諦めて身投げでもするつもりなんじゃないかと思って、あの時声を掛けたんだ"と送られてきた。
"でも君は運が良い。鞄も戻ってきたし。今までの人生は大変だったみたいだけど、君なら大丈夫だよ。"と書かれてあったのを見た時、三波は涙が込み上げた。

ホテルから夜景を眺める。
街灯りが煌々と輝いていて、この一つ一つの灯りが誰かの人生なんだと思うと、三波は自分という存在の小ささを改めて感じた。
人の優しさに触れて、また明日から頑張ろう、そう思えた1日だった。

三波は、もし東京でまた上手くいかなかったら、その時は北海道でやり直すと決めた。

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