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短編小説「駅のホーム」

柚子はまた、この町に帰ってきた。
電車を降りてホームに立つ。
古びたベンチには誰も座っていない。
少し休憩するつもりで、柚子はとりあえずそのベンチに腰をおろした。
駅のホームからは見慣れた光景が見える。
この町は何も変わっていないことが、目の前の景色からも読み取れた。

柚子は中学校を卒業して以来、この町に帰っていなかった。
柚子は高校入学と共にこの町を出たが、柚子の家族もまた、父親の仕事の転勤で引っ越していたから、この町に柚子が帰る場所はどこにもなかった。
どうして帰ってくる気になったのか。
その理由は同級生が死んだからだった。

真由美は柚子の中学生の頃の同級生だった。
4クラスしかないその中学校で、真由美とだけは同じクラスになったことがなかった。真由美だけは中学生の頃にこの町に引っ越してきたということもあり、柚子の中で一番遠い存在だった。
ただ、真由美は人懐っこい性格で、引っ越してきてすぐに友達が出来ており、柚子にとっては友達の友達という存在だった。
中学校を卒業して、この町を離れてからも、数人の同級生とは交流があったが、その集まりの時にも何かと真由美の話題になった。
「真由美が東京に行ってスカウトされた」や、「真由美が高校の生徒会長になった」、「真由美の親が離婚した」、「真由美に9つ年上の彼氏ができた」など、誰かしらが真由美の噂をするので、柚子は真由美のことを羨ましいと思う反面、可哀想だとも思っていた。いつもどこかで誰かに噂されているのだ。この狭い町の中で、誰かのエンタメとして消費されていることに同情さえしていた。
そんな柚子と真由美が関わり合いを持ったのは、中学校を卒業して十年以上が経った頃だった。
その頃真由美は既に結婚していて子供がいると、風の噂で聞いていた。

柚子が家の近くに新しく出来たケーキ屋の行列に並んでいると、帽子を目深にかぶった女性に声を掛けられた。
「あれ?柚子ちゃんだよね?」
「もしかして、真由美ちゃん?」
あまり話したことがなかったのに、自然と友達のように話しかけられて柚子は驚きつつも、どこか嬉しかった。
久しぶりに会った真由美は洗練された大人の女性になっていたが、どこか昔の面影もあり、懐かしさを感じた。
ただどこか目の奥が暗いような、疲れているような雰囲気を感じ取った。
そのまま勢いでカフェに入り、日が暮れるまで話し込んだ。
不幸な話も真由美は面白おかしく話すのが上手で、柚子は久しぶりに大笑いした。
「もっと早く真由美ちゃんとこうして話ていれば良かったな。」
と柚子が言うと、「私もそう思った。」と真由美が答えた。
どうして学生時代に友達にならなかったのか。そう思うくらい、柚子と真由美は波長があって、この時間が長く続けば良いのに、と柚子は思った。

その後も時間を見つけては二人で会って話したり、メッセージのやり取りを続けた。
何日も途切れることなく続いていたメッセージが、ある時ふと止まった。
唐突に真由美からの返信がなく、柚子は不思議に思ったが、仕事や育児で忙しいのだろうと、柚子は深く考えていなかった。

数日が経った頃、また真由美に会って話がしたいと思いメッセージを送ってみたが、やはり返信が来ず、柚子は不安に駆られた。
何かあったのだろうか。それとも、単純に柚子と付き合いたくなくて距離をおかれているだけなのか。柚子は、悩んだが、地元の友人で唯一連絡先を知っている彩菜に連絡を取った。
彩菜から返ってきた返信は、柚子には信じられないものだった。

ー柚子は知らなかったんだね。真由美は先週亡くなったよ。ー
ーえ?どうして?何があったの?-
ー分からない。突然こっちに帰ってきたと思ったら、突然いなくなって、先週川に浮かんでいたところを発見されたみたい。私もまだ信じられないの。ー
彩菜とのやり取りが現実だと信じられなかった。嘘だと思いたかった。


どうして、真由美は地元に帰ったのだろうか。
今更考えてもどうしようもないことを延々と考えてしまう。

真由美と最後に会った時、真由美が唐突に言った。
「私ね、全部嘘なんだ。」
「嘘?全部って、何のこと?」
真由美の告白が寝耳に水で、柚子は困惑した。
「私、見栄っ張りなの。」
そう言った真由美を見て、柚子は全てを悟った。
真由美に会うようになってから、柚子は一度も真由美の家族を見たことがなかった。同級生から聞いた話ではまだ小さい子供もいるようだったし、例えば子供の晩御飯を作る為に家に帰るといったセリフが出てきてもおかしくなかったと思うが、そういった類の話は一度も出たことが無かった。旦那さんの写真すら見たことがない。つまりは、そういうことだったのだ。

柚子は真由美と交わしたメッセージを見返した。
他愛もないメッセージが続く中で、最後に「柚子ちゃんともっと早く仲良くなりたかったな。」と書かれてあった。
これが最後のメッセージになるなんて全く思っていなかった。
柚子は、仕事が忙しくメッセージを返せないままでいたことを後悔した。

手に持っていた缶コーヒーがいつの間にか冷めてぬるくなっていた。
少し残っていたそのコーヒーを一気に飲み干すと、柚子は立ち上がった。
目の前で沈んでいく夕日を見つめながら、真由美の冥福を祈った。

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