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家族の行方(57作目)

弥生は前の席の家族の様子が気になっていた。
入口近くのテーブル席に弥生が座っており、通路を挟んだ目の前のソファ席に家族が座っていた。
父親、母親、小学生くらいの男の子二人の四人は、周囲の目も気にせず、ガツガツと食事を取っていた。
ドリンクを取りに行く時になんとなく彼らの様子を見てみると、四人で一枚の紙を見つめていることに気がついた。
怪しまれないよう、さっとしか紙を見ることは出来なかったが、その紙はどこかの家の見取り図のように見えた。

弥生が席に戻ってくると、丁度父親らしき男性が席を立つところだった。
「じゃあ、俺は行ってくる。お前たちは手筈通りにな。」
「分かった。」
手筈通り?この人たちは何かしようとしているのだろうか。
弥生は何か不穏な気配を感じて、食べるよりも聞き耳を立てることに集中していた。

弥生は就職活動中だった。
同棲している彼氏には、今日も面接に行くと言って家を出たが、実際は就職活動のやる気がおきず、ファミレスで暇潰しをしていた。就職活動をするよりも、趣味の絵を描いている方が楽しい。趣味の絵がお金になったらいいのに、などと考えていた。

前の席の家族は、弥生よりも後に来た。
他にも空いている席はあったのに、わざわざ弥生の席の後ろに座ったのが、気になった。
弥生がトイレに行っている間に来たようなので、近くに人がいないと勘違いしていたのかもしれないが。
携帯を見るふりをして、その家族の様子を気にしていると、小学生の子供二人が店を出ようとしていた。
会話から、母親はお会計を済ませてから後で合流するようなことを言っていることが聞き取れた。
通り過ぎようとしている小学生の子供二人の横顔を見た。憂鬱そうな顔をしているように見えて、弥生はなんだか心配になった。
数秒悩んで、弥生は子供二人の後をついていくことにした。

子供たちは、無言でトボトボと歩いていた。
二人は、小学校高学年に見えたが、背が高い割に痩せ過ぎているように見えた。
「おい、努武、急ぐぞ。」
「ねえ、剛志、本当にやるの?」
「仕方ないだろ。修学旅行に行く為だ。」
「うん・・・。」
努武と剛志と言うらしい。
修学旅行へ行くために一体何をしようと言うのだろうか。
しばらくついていくと、大きなお屋敷の前で二人は立ち止まった。
表札に王原と書いてある。
市長と同じ苗字だと弥生は気づいた。
努武と剛志はしばらく家の周辺をうろついていた。
しばらくして、腕時計を確認し、決心したのか、剛志がチャイムを押した。
「すみません。」
「どなたですか?」
インターホンから女性の声がした。
「剛志と努武です。」
剛志が名乗ると、女性は「お待ちください。」と言った。
しばらくして、車椅子の男性が出て来た。
「お前ら、何しに来た?」
七十代くらいのその男性は、少し少年たちと顔立ちが似ているように見えた。彼らの祖父だろうか?
王原の高圧的な態度が、弥生は見てて良い気がしなかった。
「おじいちゃん・・・お願いが」
努武の言葉を遮って、王原が答えた。
「また金か?もう渡すものは無いと言ってるだろ。」
言葉を続けようとした王原より先に、剛志が「違うよ!」と叫んだ。
「花見に誘いに来たんだ。」
「そうだよ。あそこの川沿いの桜が綺麗だからさ。」
努武も一緒になってそう言った。
王原が黙っていると、剛志が「さあ行こう!」と車椅子を押し始めた。
王原は何も言わず、車椅子を押されるがままだった。

弥生はどうしようか悩んでいた。
ファミレスで盗み聞きした感じでは、家族は何か悪事をしでかしそうな雰囲気だった。
弥生は玄関を掃き掃除しに出てきた家政婦らしき女性に話を聞いてみることにした。
「あの、ちょっと伺っても良いですか?」
「はい、何でしょう?」
自分の母親くらいの年齢で人当たりが良さそうな家政婦を見て、弥生は踏み込んで聞いてみることに決めた。
「さっきの子供たち何ですけど、ここのご主人のお孫さんなんですか?」
「そうですよ。でもね、可哀想なんだけど、旦那様の娘さんが駆け落ちして産んだ子たちだから、お家の中に入れたところを見たことないわ。」
特に警戒されてなさそうだと感じて、弥生は会話を続けた。
「もしかして、その娘さん家族とは縁を切っちゃってるんですか?」
「いや、それが、娘さんは交通事故でお亡くなりになったのよ。その後、残った父親は再婚したみたいなんだけど、その頃から、あの子たちはお金の無心に来るようになったみたいね。」
「そうだったんですか。」
「旦那様も本当はお孫さんが来て嬉しいんだと思うのよね。お金だって渡してあげたいのかもしれないけど・・・。」
「なんで渡さないんですか?」
「たぶん、意地と、あとは単純に娘を奪った男を許せないのかもね。」
花見に誘われて断らなかった姿を思い出して、家政婦の言っている通り、本当は孫たちと交流したいのかもと、弥生は思った。

2人が玄関の前で立ち話をしていると、微かに窓ガラスが割れる音がした。
2人が慌てて音の正体を確かめに行くと、今にも家の中に侵入しようとしている男がいた。
その男は、弥生がファミレスで見た男だった。
弥生は家政婦さんに警察に電話をするよう促し、得意の護身術で男を捻じ伏せた。
家政婦が警察に通報してすぐに、花見をしに行った3人が戻ってきた。
「一体何の騒ぎだ?」
「旦那様、実は家に泥棒が入りまして。」
男は観念しているようで地面に胡座を掻いて項垂れていた。
「お前は」
王原がそう言うと、少年たちが「パパ」と男のことを呼んだ。
弥生は、やっぱり、と思った。あの時弥生が見たのは、この家に空き巣に入るための相談だったのだ。

その後警察が来て、少年たちの父親を連れていった。その時に、少年たちと父親が何も会話をしなかったことが、とても切なく思えた。
しんと静まり返った中、王原が沈黙を破った。
「お前たち、今日家に来たのは、あいつと空き巣をする為だったのか?」
鋭い眼光で、少年たちは手が震えていた。
「そうだよ。パパに言われたんだ。僕たち修学旅行に行きたくて、それで・・・。」
剛志に続いて努武も涙を堪えながら話した。
「でも、でもね、花見に誘ったのは計画じゃないよ。本心だよ。パパに言われたからじゃない。おじいちゃんに綺麗な桜を見せたかったんだ。」
「おじいちゃんと花見ができて嬉しかった。」
剛志と努武は目に涙を浮かべて、泣かないように我慢しているようだった。
「そうか。」
男性はそう言ったまま、真っ直ぐ2人の顔を見つめていた。
事情聴取が終わった後、部外者な弥生は、2人のことが気になりつつも、真っ直ぐ自宅に帰った。

数日後、どうしても気になった弥生は、噂好きな家政婦に話しを聞きに行った。
彼女曰く、王原は2人の孫を引き取ったらしい。お家が賑やかになりました、と家政婦が笑った。どうやら、捕まった男の妻は後妻で、剛志と努武のことはネグレクト状態だったらしい。王原は、家政婦が言っていた通り、本当は孫たちと過ごしたかったらしいが、プライドの高さから、今まで素直になれなかったらしい。

家の中から、剛志と努武の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。笑い声を聞いて、弥生は「良かったね。」と呟いた。

弥生は、今回のことを振り返って、自分が何も2人に貢献できなかったことに気がついた。
もっと、困っている子供の力になりたい、弥生はそう思った。自分の進路が少し定まったような気がした。


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