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冷たい桜 第1話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

あらすじ:
上島勇朔かみしまゆうさくは、探偵を装った霊媒師である。中学以前の記憶がなく、根無し草のように生きて来た。しかし、桜の樹の下に死体が放置される事件が発生。パトロンの郁子いくこに「あれは、貴方の事件よ」と事件の調査を依頼される。医者である神楽知静かぐらちせいと共に事件解決に挑むが、犯人はどうやら人間の仕業ではないと気付く。助力を乞いに、霊媒師の大元、阿相家総本山を訪れるが、あまりに凶悪な樹齢の為、当主である阿相玄天あそうげんてんより支援を拒否されてしまう。しかし、自身の記憶を取り戻す為、勇朔は独力で事件に挑む。そして、事件解決の後、勇朔は属性「朔」の霊媒師であることが判明するのだった。


【本文】

 真夜中の墓地は、しんとしているのに、どこかざわめいている。音はないのに、何かがいるような気配がする。柳が揺れる音かと見上げてみても、かすかに揺れた気配すらない。何だろう、何の音だろう。いや、音ではない。おそらく、この墓地に埋められた人たちの気配。亡くなった人たちの気配だ。体の皮膚の一ミリ外を撫でられている感触。耐え難い静寂。普通の感覚を持った人ならば、すぐさまその場から去ろうとするだろう。それよりも、そんなところへ、真夜中に足を踏み入れる者はまずいない。

 だから、この日も、墓地には誰もいなかった。十字路のすぐ側にある墓地は、交通量も少なくないはずなのに、日曜の夜だからか車さえ通らなかった。その墓地を見守っている者は、敷地内にある大きな桜の木だけだった。敷地が狭いせいで、斜めに成長したその木は、墓地を上から覆うような巨大な桜だった。満開の季節を僅かに過ぎたそれは、時折りはらはらと、桜貝のような花びらを、墓地に降り注がせている。その光景は何かのまじないのようで、今にも棺の蓋を開けて、死人が甦ってきそうな気さえする、そんな夜だった。吹く風は生暖かく、頬に当たる感触は、まるで誰かの手にすっと撫でられているような――。

 今夜は満月だ。しかし厚い暗雲に隠れて、地上に光は届かない。ここ最近の天気の悪さのせいで、じめじめした空気が漂っている。おそらく明日も曇りか雨かと、多くの人が嘆いているに違いなかった。勿論、その予想は当たっている。しかし、今夜、一瞬だけ雲が晴れたことを知っている人がどれだけいるだろう。墓地は一面に懐中電灯を照らしたかのように明るくなった。だが、その明るさは、陽の光とはまた別種のものだ。人々を救う、希望の光ではない。月光は、明るければ明るいほど、影をより一層濃く見せるように、悪しきものを、濃く浮かび上がらせた。
 ――墓地に何かがいた。

 暫くして、引きずるような、ズズ、ズズという音が聞こえてきた。重いものを引きずっているのだろう、どれぐらいの重さか、例えるならば人間のような――。目撃者は誰もいない。ただ桜の木だけが、全てを知っている。



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第8話

第9話 【完結】


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