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クロノスの末裔 #一、序【創作大賞2024 ファンタジー小説部門応募作】

あらすじ:
時間を操ることの出来る一族の末裔、クロノス。幼い頃に一族を根絶やしにされ、未だその日暮らしの生活を送っている。一族の命日に墓参りに訪れた日、クロノスは憎き宿敵クロウド・リッパーから手紙を受け取る。共に王家へクロノス一族の仇討ちをと誘う内容であったが、黒幕クロウドの正体を知るクロノスは、クロウドへ復讐を誓う。敵の懐に入り込み、クロウドも王家も根絶やしにする。そう決断したクロノスだが、クロウドの優しい態度に翻弄されていく。本当の敵は誰か。心揺れながら向かった最終決戦でクロウドはクロノスを庇い死亡。最期の魔法を使い、クロノスはその命と引き換えにクロウドの懐中時計として、彼を見守る最期を選んだのだ。

本文:

 親愛なるクロノス。君はもう死んでいるだろうか。それとも、時空の狭間でまだ生きているだろうか。君がいなくなって、どれほどの月日を過ごしたろう。それさえも、時間を操れる君にとっては、些末な出来事に違いない。しかし、君の願いは叶えられていないのだろう。新しく十二しんに就いた守り人たちは、のうのうと世界を支配下に置いている。君が復讐を望むのならば、私は惜しみなく君に協力しよう。どうか君が誰よりも幸せであるように。愛を込めて。
                         クロウド・リッパー

「あっの、野郎……! よくもぬけぬけと」
 クロノスはぐしゃりと封蝋された手紙を握りつぶした。目の前が真っ赤に染まる。怒りに唇が戦慄いた。今すぐにすべてを壊してしまいたい。そんな破壊的な衝動に駆られるが、そうもいかなかった。クロノスが今いる場所は、一族にとって、とても大切な場所だ。クロウドはそれを見越して、手紙をこんな場所に放置したのに違いない。薄ら笑いが、瞼の裏に見えるかのようだった。
手紙は果たして本物だろうか、と疑念が湧き上がる。しかし、鴉の紋章が描かれた黒い蜜蝋は、間違いなくクロウド本人からの手紙であることを雄弁に語っている。
「死んでいるか、だと? 生きてると確信しているから、手紙を送って来るんだろう」
 クロウドという男は、死者に手紙を書くなどという無駄なことをする男でも、浪漫を愛する男でもなかった。クロノスはうらぶれた周囲の墓地を見渡した。一族が埋葬された墓は、もう誰も手入れすらしていない。墓石には苔が生え、枯れ葉に埋もれた石碑はかしいでいる。このままでは、いずれ芝生は変色し、雨風によって土地は隆起し、死者のむくろさえもが地表に覗くだろう。以前は栄華を誇っていた、クロノス一族の忘れられた墓だった。一時はまるで王族の古墳かのように厳重に管理され、重んじられたこの場所には、かつて権威を誇った象徴がここかしこに見られた。多くの立派な墓石と、そして彫刻。二人の天使が天国へ導くかのような精緻な彫り物、花輪を携えた女神の像、十字架には名匠が施したと思しき蔓草や花の紋様が彩られている。本来なら亡くなった者への敬意と、そして弔った生者の嘆きが聞こえるかのような、静謐さに満ちた空間のはずだが、墓地はひなびていた。花も供えられた形跡はなく、風雨に晒され、変色した墓石と彫像が、まるで泣いているようにも見える。その中で、ひと際目を引く彫像があった。全長三メートルはありそうな、死神の彫刻だ。死神は布切れで目を隠している。長いオールを持ち、これから死者の国にいざなわんとする、渡し船の船頭らしい。目隠しをしている理由は、俗世の姿に関わらず、権力や貧富の差なく、死者を冥界へ案内するという役割を持つからだ。
「死神め……!」
 クロノスは、唇を血の滲むほど噛み締めた。それが、一族を根絶やしにした仇敵への言葉か、それとも目の前の彫刻を差した言葉か、自分でもわからなかった。しかし、「死神」と呼ばれる男のことを、クロノスはよく知っている。手紙を寄越したクロウド・リッパー。その男こそ、アンダーグラウンドで「死神」と仇名される男であった。表の仕事は武器商人。しかし、裏の仕事は多岐に渡る。そんな裏社会の顔とでも言うべき男が、わざわざクロノス一族の命日、、、、、、、、、、、、、に手紙を読むように仕向けるのは、何らかの意図があるのに違いない。
「ふざけやがって……!」
 クロノスは尚も脳裏に浮かび上がる男をなじった。嘲るように、背中の古傷がずきりと痛む。生死の境を彷徨った大傷は、まだ完全には癒えていない。その傷こそが、クロウド・リッパーがクロノスを裏切ったと言える証でもあった。傷の治癒には長い時間を要した。まだ子どもだったクロノスは、まんまとクロウド・リッパーに騙された。本来ならば、クロウドほど顔の広い人物が、幼いクロノスに何の利益もなく肩入れすることを不思議に思わねばならなかった。それは例えるならば、もののわからぬ幼いクロノスに、無利子で大金を与えるに等しい行為だった。しかし、成長したクロノスには、野望があった。悲願と言っても良い。今生で唯一つの願いだった。
「お望み通り、逢いに行ってやるよ。クロウド・リッパー。お前に協力してやる。そして、今度こそ――お前を殺す」
 クロノス一族とバレてしまう、目立つ黒の髪は染めた。明るい栗色になった髪には、未だ慣れない。黒の長いローブのフードを被り、真白な羊皮紙を両手で引き裂いた。手紙や封筒に至るまですべて、原型を留めないほどに細かく破ると、墓地の焼き場に撒いた。鮮やかな白色は落ち葉に紛れ、奇妙なまだら模様になる。或いは、いくばくか風に飛ばされて、枯れ葉と共に、墓地の中をまるでワルツでも踊るかのように舞い踊った。

 ――花は手向けた。

僅かばかりのカスミ草を、一番新しい墓標へと供える。もしかしたらもう幾ばくもなく、自身もクロノス一族の墓に入ることになるのかもしれない。そう思うと少し笑みが漏れた。この苦しみから逃れられると思うだけで、せいせいする。この大傷では、どうせ長くは生きられない。
「行ってくるよ。皆。この世界での、最後の大仕事に」
 ひょおと秋風が啼く。折しもその風の音色は、クロノスの凱旋を願い、声援を送っているように聴こえた。

各話リンク:
#二、再会 

#三、トップオブザワールド

#四、過去

#五、現在

 #六、暴露

 #七、訓練

 #八、ブルームーン

 #九、最後の午餐

#十、急襲

 #十一、禁忌

 #十二、day after day

 #十三、終 耳に残るは君の歌声


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