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親密な関係

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2015年11月の記事一覧

第四章 冬のぬくもり 10

   10

「ちょっと赤くなってるところがあります。このあたり、どうですか?」
 真衣の指が私の腰の右上のあたりに触れる。とくに異常は感じない。私も手をのばして、真衣の指が触れているあたりにさわってみる。かすかにぽつぽつとざらつきがあるように思う。指先で強めにこすってみると、わずかなかゆみがある。
「床ずれとまではいわないけれど、たぶん血行が悪くなるんだろうね、吹き出物ができたりかゆくなったりす

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第四章 冬のぬくもり 9

   9

「どこかかゆいところはないですか?」
 と真衣がいう。そしてくすりと笑う。
「まねしてみたんです。美容院でシャンプーされるときにいつも訊かれるじゃないですか」
 そうなのだろうか。
 私は二か月に一回くらいのペースで美容師に家まで来てもらっている。寛子さんの知り合いの美容師で、自分の店を持たないフリーの美容師だ。だれかの家や施設まで出かけたり、契約している美容院の空《あ》いている椅子を

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第四章 冬のぬくもり 8

   8

 私の背後に回った真衣が、シャワーの栓《せん》を開《あ》け、温度の調節をする。
「お湯、かけます」
 私はうなずく。立てた膝に両肘《りょうひじ》をあずけ、うつむいた格好で頭にシャワーを受ける。
「熱くないですか?」
 私は首を横に振り、顔に伝わってくるお湯に邪魔されながらぶくぶくとこたえる。
「だいじょうぶ。ちょうどいい」
「シャンプーはこれですか?」
 片目をあけると、真衣がプラスチ

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第四章 冬のぬくもり 7

   7

「わかりました。じゃあ、普通に話しましょう……じゃなくて……話そう、かな」
「はい」
「なんの話だっけ?」
「話をそらしちゃってごめんなさい。朝のお仕事の話をしてたんです」
「そうか。私の朝の日課を邪魔したんじゃないかって、きみは気にかけてたんだったね」
「はい」
「朝の――とくに夜明けごろの時間は、私にはとても大事なんだ。それは確かなんだけど、だからといってかならず仕事にあてるわけじ

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第四章 冬のぬくもり 6

   6

 事件の前は、自分の身体的自由や自立をうたがったことはなかった。どこへ行くにも、なにをするにも、それは自分の自由であり、選択肢は自分がにぎっているものと思っていた。いや、思うことすらしなかった。そんなことをかんがえさえしなかった。しかし、大怪我《おおけが》を負《お》い、人の手を借りずに立ちあがることもできなくなったとき、人はそもそもだれかに依存せずに生きていくことなど不可能だということ

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第四章 冬のぬくもり 5

   5

「ちょっと窮屈かな? 大丈夫?」
「先生こそ」
「私は全然平気。遠慮しないで、脚をのばしたらいいよ」
「のばしてます。みじかいんです、わたしの脚」
 真衣がおどけてそんなことをいうのが、私にはたまらなくうれしい。
「そんなことはないだろう。きれいな脚だ」
「自分の脚に劣等感があるんです」
「どうして?」
「バレリーナみたいなまっすぐな脚にあこがれてるのに、膝が出てるし、太ももと太すぎる

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第四章 冬のぬくもり 4

   4

 お風呂? と私は思う。なにを聞きたいんだろう、真衣は。その私のいぶかりを察したのか、真衣がつづける。
「お風呂にはいられるとき、介助は必要なんでしょうか」
「いや、もう必要ないですよ。いまはもうひとりではいれるようになりました」
「不自由はないんでしょうか」
「まったくないということはありません。しかしまあ、なんとかひとりではいれてますよ」
「よかったらわたしにお手伝いをさせてくださ

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