第四章 冬のぬくもり 7


   7

「わかりました。じゃあ、普通に話しましょう……じゃなくて……話そう、かな」
「はい」
「なんの話だっけ?」
「話をそらしちゃってごめんなさい。朝のお仕事の話をしてたんです」
「そうか。私の朝の日課を邪魔したんじゃないかって、きみは気にかけてたんだったね」
「はい」
「朝の――とくに夜明けごろの時間は、私にはとても大事なんだ。それは確かなんだけど、だからといってかならず仕事にあてるわけじゃない。一番大事な時間は、そのとき私が一番大事だと感じていることにあてることにしている。そして今日はきみがいる」
「わたしを大事に思ってくださるんですか」
「きみといっしょにいるこの瞬間を大事にしたいと思っている」
 真衣の存在自体も私にとっては大事なのだろうと思う。が、彼女が私のそばにいないとき、どこか別のところでなにかしているとき、彼女を思うことはできるが、彼女になにか具体的なことができるわけではない。いまここにいない人のことをかんがえることはできるが、大事にすることはできない。なにかを送ったり、通信手段で連絡したりはできるかもしれないが、ともにいることとはちがう。
 私たちはしばらくのあいだ、沈黙のなかにただお互いを見つめあっている。
 浴室の窓の外からは、徐々にめざめていく街の音が聞こえてくる。カラスの鳴き声や鳥のさえずりが聞こえる。
 バスタブのお湯の水面は、私の肩のあたりに、そして真衣の肩よりすこし下――肩甲骨の下あたりに触れている。水面の下には真衣の胸や太ももがゆらいで見える。両脚のあわさったところにはわずかな翳〈かげ〉がぼんやりと見える。
 私はかんがえることをやめ、たださまざまな感覚が伝えてくることを受けとっている。無数の「感じ」が私の内側へと流れこんできて、濃厚なミルクが流れるような味わいが生まれている。たったいま、ここにただ存在して、自分の生命がさまざまなものを受けとっているという感覚。そのなかには真衣という存在そのものもふくまれている。
 もっとそうしていたかったが、真衣が先に口をひらく。
「先生の髪を洗わせてください」
 私はうなずく。動こうとすると、真衣がいう。
「このままつかっていてください。お身体が冷えないように」
「いや、もう十分にあったまったよ。このままつかっているとのぼせてしまいそうだ」
「じゃあ、あがって、バスチェアにすわられます?」
「そうするよ」
 真衣が先にバスタブを出る。彼女に手をかしてもらって、私もバスタブを出る。バスチェアに腰をかける。

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