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キャップレスデシモを愛している話

久しぶりにエッセイ系の記事。
以前書いた記事の続編のつもりで書いたので、よければ前の記事を先に読んでいただけたら嬉しい。

今回も長めの記事なので、レビュー部分が気になる方は後半まで飛ばしていただきたい。


2024年、冬

師走に入った頃、パイロット製万年筆の価格改定が正式に発表された。
少し前から噂になってはいたものの、対象商品は数多く、値上げ幅もなかなかの金額。
SNSでは動揺する人、悲しむ人、ここまでよく耐えてくれたと讃える人、駆け込み購入品に悩む人、早々に狙いの万年筆を迎えに行く人など、様々な声が溢れていた。

私はというと、夏にエリート95sを迎えて憧れの金ペンとの暮らしを楽しんでおり、何も買わずに年明けの価格改定を迎える……つもりだった。本当に。
それなのに、いざ発表されると価格改定リストやSNSの賑わいを眺めてはそわそわしてしまう。

そんな日々の中、思い返すのはエリート95sを迎えたあの日のこと。
エリート95sの圧倒的な魅力に惹かれながらも、もうひとつ、購入を迷った万年筆があった。
すらりとした軸と鮮やかなカラー。
スリムでありながら低重心の絶妙なバランス。
ノックひとつで出てくる小さなニブ。
「このペン先は18金で、柔らかいんです。私も使っています」という店主の声。
私はキャップレスデシモを忘れられずにいた。

パイロット キャップレスシリーズ

一見すると万年筆には見えない一方、知っている人には一目でわかる、唯一無二のデザインと機能性。
それがパイロットのキャップレスシリーズだ。
王道の「キャップレス」と、少し細身で軽い「キャップレスデシモ」、ペン先出し入れの機構が異なる「キャップレスフェルモ」「キャップレスLS」など、派生モデルやコラボモデルも数多い。

最大の特徴は、名前の通り「キャップレス」であること。
他の筆記具以上に乾燥が大敵である万年筆は、かつてはネジ式のキャップをしっかりと閉めてペン先を守るのがスタンダードだった。
今では時代の進歩と様々なメーカーの努力によって、嵌合式キャップや気密性の高いインナーキャップなど、多くのバリエーションが生まれている。
そんな中でも、キャップ自体をなくした上で独自機構によりペン先の乾燥を防ぎ、筆記時はワンノックだけですぐに書き始められる、というキャップレスは、発売当初は本当に革新的だっただろう。
その後、プラチナやLAMYなどの他社からもキャップのない万年筆が発売されているが、その中でもパイロットのキャップレスシリーズは機能性やコストパフォーマンスの面でユーザーからの評判もいいし、メーカー側からも主力商品として前面に押し出されている感がある。
パイロットのキャップレスはその名に恥じず、今も昔もキャップレス万年筆の先駆けと言えそうだ。
(これはパイロット好きな私の贔屓目もある)

キャップレスシリーズの中でも、軽量・小型モデルとして発売されたのがキャップレスデシモ。
キャップレスシリーズはその構造上、他の万年筆よりもペン先周辺が重めかつ太めだが、その点が合わない人向けに登場したモデルだ。
また、カラーバリエーションが豊富なのも特徴で、過去には限定カラーや店舗限定カラーなども数多く発売されている。
デシモに限らずキャップレスシリーズは本当に限定品やコラボモデルの数が多く、SNSではキャップレスシリーズを1本買うといつの間にか2本目、3本目と買ってしまう、という声をよく見かける。
キャップレス沼にはまると深いのである。

再び店頭へ

数ヶ月ぶりにあの文具店を訪れると、嬉しいことに店主は私の顔を覚えていてくれた。
「以前も来てくださいましたね」と微笑む店主に、私は「あのとき見せてもらったキャップレスをもう一度見たくて来ました」と伝え、改めて試筆をお願いした。
そうして目の前に並べてもらったのは、色とりどりのキャップレス万年筆たち。
通常モデルのキャップレスとデシモが中心ではあったが、ネット検索では見つからなかった過去の限定色もあり、心が躍ったのを覚えている。

様々なモデルや字幅を試させてもらいながら、書き心地や重心バランスが本当に私好みだと改めて感じ、1本に絞りきれなくなっていく。
書いては悩み、書いては悩み……を繰り返している私を、店主は「ゆっくり決めてくださいね」とニコニコしながら見守ってくれた。
最大の悩みは「通常キャップレスか、デシモか」という点で、この2つの大きな違いは重さと太さ。
私は筆圧が弱いため、自重で安定して書ける重めのペンが好きだし、力を入れなくても握りやすい太軸のペンが好きだ。
普通に考えれば、より重くてより太い、通常キャップレスの一択になる。
けれどキャップレスとデシモを書き比べて感じたのは、どうやら私は重さや太さ以上に、重心バランスが好みのペンを求めているらしい、ということ。
通常キャップレスと比べると軽くて細いデシモだが、重心がグリップ付近で安定しているせいか、書いていて全くストレスは感じなかった。
さらに今回は2本目の金ペンで、より気軽に普段使いできる万年筆がほしい、と考えていたこともあり、軽くて細くて手帳のペンホルダーにも合いやすいデシモのほうがぴったりかもしれない、という考えに至った。

ちなみに、キャップレスシリーズは軸とペン芯が分かれている構造上、同じモデルであれば外側と内側を組み替えることも可能。
「好きな軸と字幅を選んでもらったら入れ替えますよ」と言ってくれた店主に甘えて、最終的には赤いデシモの軸にFのペン芯を入れてもらい、めでたくキャップレスデシモとともに帰宅することになった。

私のキャップレスデシモ

購入した日のキャップレスデシモ

こちらが私のキャップレスデシモ。
購入から1年足らずではあるが、おそらく現在手元にある万年筆の中でいちばんよく使っていて、相棒と呼んで差し支えないと思っている。
何がそんなに好きなのか、語っていきたい。

まず何よりも大きな特徴は、やはりキャップがないということ。
これが購入前に想像していた以上に便利だ。
繰り返しになるが私は筆圧が弱く、グリップ周辺が軽すぎるとペン先が安定しないため、可能な限り低重心で書きたいと思っている。
そのため万年筆を使うときは基本的にキャップポストをせずに、右手でペンを持って左手にキャップを持って書く。
この動作自体は慣れているし、ペンが止まったときには軽くキャップを被せておけばインクも乾きづらいし、あまり困ったことはなかったのだが、キャップレス万年筆はキャップを持っておく必要がなくなるわけで、左手が空くのだ。
そして片手が空くと、小さな手帳を机に置かずに片手で持った状態で書くとか、片手で本や参考書をおさえながらメモをとるとか、ちょっとした動作がストレスなくできるようになる。

小さい手帳に差しても収まりのいいスリムさ

一瞬のノックで書き出せるという点に加えて、他の文房具との合わせ使いや、日常のあらゆるシーンでの使いやすさがデシモの大きな魅力。
書き心地はもちろんだが、デシモが私の最愛万年筆の座についている一番大きな理由はやはりこの使いやすさなのだろうな、と思う。
逆に、万年筆はゆったりと使ってこそ楽しいのでキャップレスは好きになれない、という方もいる。
どう感じるかは、ぜひ一度試筆して確認してみてほしい。

デシモのペン先

もうひとつ大好きなポイントは、書き心地。
キャップレスデシモのペン先は18金でできている。
パイロットのエントリー万年筆は14金が多いので、それらと比べると金の含有量が多いことになる。
私はまだまだ万年筆初心者で鉄ペンも大好きだし、14金と18金の違いがわかるかと聞かれると自信はないのだが、それでも初めてデシモで試筆した瞬間に柔らかさに驚いたのはたしかだ。
ペン先が紙に触れる感触はふわりとしていて、それでいてノック式ボールペンでたまにあるようなペン先のガタつきや不安定感はなく、軽いタッチでさらさらと文字が書ける。

ライティブと並べるとニブの大きさは1/4ほどだが、
ペン自体の重さはライティブの1.5倍ほどある

別の記事でも書いたのだが、キャップレスデシモの重心バランスは本当に心地よい。
(これは人によってかなり好みが異なるはずなので、私にとって心地よい、という話になるが)
筆圧をかけなくても自重で書ける程度にはグリップ周辺が重く、けれどペン全体として重すぎるわけでもなく、パッと持ち上げられて疲れず気持ちよく書ける、ちょうどいい重心。
ペン先の滑らかさはもちろん、この重心バランスも書き心地の良さにつながっていると思う。

デシモで書いた文字。
他のパイロットのF字幅と同じく滑らかで書きやすい

私のキャップレスデシモの字幅はF。
購入時には他の字幅も書き比べて悩んだが、EFはさすがに少しカリカリ感があるように思ったし、Mは滑らかだったが普段使いには少し太い気がした。
あとは先に購入していたエリート95sがMなので、使い分けができるように、というのもFを選んだ理由のひとつだ。
軽量モデルのデシモは、手帳やノートに差しておいてさっとメモをとったり、日々のちょっとした筆記のためにボールペン感覚で使ったりするのに適した万年筆。
その点を考えても、Fの字幅はちょうどいい。

ついでに余談だが、キャップレスシリーズの英語圏での製品名は"Vanishing Point"というらしい。
ペン先がノックで消えることを現した名前だと思うが、「消失点」という意味を持つ単語でもあり、何ともお洒落なネーミングだ。
SNSで"pilot vanishing point"と検索すると、海外でもたくさんの万年筆ユーザーからキャップレスシリーズが愛されていることがわかるし、素敵なコレクションや美しいハンドレタリングの写真も見られるので、興味のある方はぜひ。

(人によっては)気になる点

キャップレスシリーズやデシモのレビューで、気になる点として見かけたことがあるのは、
・ノックが重い、ノック音が大きい
・インク容量が少ない
・見た目の高級感が足りない
・クリップが邪魔
・ペン先が乾きやすい
といったところ。(書いてみると結構多い)
私にとってはどれもそこまで気にならないのだが、購入を迷っている人向けに簡単に触れてみる。

まず、ノックの重さとノック音の大きさについて。おそらくボールペンと比較した場合の話だと思う。
私は使い始めてすぐにどちらも慣れた。
ただ、腱鞘炎持ちの友人が「手が痛いときは親指でノックするのが重くてつらいかも」と言っていたので、不安がある方は試筆してみてほしい。
また、ノックの重さや音が好みでない方には、ノック式ではなく回転式の「キャップレスフェルモ」や「キャップレスLS」も選択肢に入るだろう。

インク容量の少なさについては、以前エリート95sの記事でも書いた通り、パイロット製の小型・細身の万年筆に共通する問題。
キャップレスシリーズの適合コンバーターはCON-40で、筆記量が多い人ならあっという間にインクがなくなってしまう。
私はカートリッジにシリンジで色彩雫を入れて使っていることが多い。

ペン芯を取り出した写真。
カートリッジの場合、付属の金属カバー(右上)を
カートリッジの上から被せて使う

見た目については、私は普段からクリア軸やカラフルなデザインなどの「万年筆っぽくない万年筆」が好きということもあり、デシモの見た目もスタイリッシュで大好きだ。
とはいえ、お好みでない方もいるだろう。
キャップレスシリーズの中には仏壇カラーやマットブラックなどの重厚なデザインもあるし、もっと高級感がほしい、という方には木軸や螺鈿のモデルもおすすめしたい。

デシモのレッドは個人的に暗すぎず明るすぎず、
かなりかわいい

続いてクリップ位置だが、これは気になる人は本当に気になると思う。
キャップレスシリーズはペン先にクリップがある特徴的なデザインで、これにより胸ポケットや手帳に差したときペン先が上を向くわけだが、書くときはクリップを親指と人差し指で挟むか、クリップの上に人差し指を添えることになる。
(私の持ち方は前者なのだが、パイロットの公式Youtubeでは後者の持ち方の動画が上がっていたのでそちらを載せておく)

人によってはかなりクリップが邪魔になり、持ちづらいだろう。
私は持つ位置や角度がわかりやすくていいな、くらいに思っているが、合わない人には本当に書きづらくてストレスになりそうなので、ぜひ普段の持ち方で試筆してみてほしい。

最後に乾きやすさ。
口コミで見かけたことがあるのは「キャップ式と比べると密閉性が低い」「経年劣化でシャッター部分に隙間ができて密閉できなくなる」「他社インクを入れるとドライアップしやすい」など。
これについては私がデシモをほぼ毎日使っていることや、今のところ使用期間も短く、純正インクしか入れていないことにより、正直言って未検証だ。
私と同じような使い方を想定されている方はあまり問題ないと思うが、もし可能なら実店舗で買ったほうが、店舗への相談やメーカーへの修理依頼がスムーズで安心かもしれない。

おわりに

この記事を書いている2024年8月現在、パイロットから今年二度目の値上げが発表されている。
冒頭で書いた前回の値上げと同様に、万年筆ユーザーの悩みの声を連日見かけるし、私も再び駆け込み購入をするかどうかに悩む日々だ。
ひとまず手持ちの大好きな万年筆を語って一旦落ち着こうという気持ちと、値上げ前にキャップレスやデシモの購入を考えている人の参考になればという気持ちで、長々と書いてみた。
キャップレスシリーズは2023年までと比べると2倍近くの価格になってしまうようなので、迷っている方はぜひお早めに。
とはいえ個人的には、値上げ後の価格にも十分に見合う素晴らしい万年筆だと思っているので、これからも末永くキャップレス好きの輪が広がっていくと嬉しい。
読んでいただきありがとうございました。



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