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そして一人になる【短編小説】

 結婚することになった。
 お風呂上がりに、通知音が連続して聞こえた。こんばんは、と頭を下げる猫のスタンプと、簡潔にしかし理解に時間のかかる文章が送られてきた。裸のまましゃがんで、何度も何度もその文章に目を滑らせる。膝で押さえつけた胸は、ぐにゃりと形を変え、その奥で心臓がどくどくと走っていた。
 結婚。そうか、隆二は結婚するのか。スマートフォンの画面が暗くなった。
 最後に顔を合わせたのは、一年前になる。皆の休みが被った、GWのとある一日だった。唯は、その頃は妊娠をしていてお酒は飲めなかった。良太は、転勤が決まって来年は集まれないかもと言っていた。隆二は、相変わらず、前回会ったときから彼女が三回も変わっていた。二十六にもなって情けない、と三人で笑ってやったものだ。
 私たち四人は、大学時代に仲良くなった。なんとなく群れるのが嫌いで、だけどずっと一人は寂しい、なんてわがままな共通点からだった。社会人になっても、半年に一回会えたら多い方で、各々、連絡は気まぐれに続けていた。
 一年前の話題は、近況報告と将来の不安だったと思う。母になることや、出世がどうこうなんて話の後に、隆二は、今の彼女への不満をこぼし、私は、「隆二には合ってなくない?」なんて言った。私と隆二だけ、いつまで経っても子どもだな、と少し安心した。
 盛り上がったものの、唯は夫の元へ、良太は明日も仕事だからと、一軒目で帰ってしまった。
「二軒目どーする?」
「いつものとこでいいじゃん?」
「まぁいいけど……前にあんたの元カノと鉢合わせて、酒がめちゃくちゃまずかったんだけど?」
「あったな~。もう向こうが嫌になって来てないでしょ」
 隆二はけらけらと笑いながら、居酒屋の扉を開けた。私はその後ろを追いながら、いったいどんな別れ方をしたのだろうと考えて、口角を上げていた。


「じゃあ、かんぱーい」
 隆二の赤い顔が、珍しかった。
「今日酔ってる? 早くない?」
「あー……最近飲んでなかったから」
「なんで?」
「彼女がさー、飲まないんだよね。一人で飲むのもつまんねえし」
 ジョッキに垂れる水滴を見つめる隆二の瞳に確かに愛を見た。私は、ふーんと返し、まずくなった唾を飲み込む。
「私たち呼べばよかったのに」
「まあ、そうなんだけど。良太は仕事忙しいし、唯は妊婦じゃん?」
「私はフリーターで融通利くし、妊娠の予定もないけど」
今までだって、二人で飲んだことはあった。
というか、四人集まらないと会ってはいけないなんて決まりはないのだ。
「でもさあ」
「うん」
 歯切れの悪い、少し舌ったらずな言葉が、私の酒を進ませる。
「彼女いるのに、女と二人っきりはまずいでしょ」
 今日は四人スタートだしノーカンね、と隆二はいたずらに笑った。隆二、変わったね。否定の言葉は返ってこなかった。


 隆二は私と同類だと思っていた。いつか唯や良太と距離ができても、隆二とは変わらず、彼女の話と、結婚願望の無さを確かめ合うのだと思っていた。それなのに、結婚するなんて。いや、あの日から「それなのに」とは思わなくなった。その時がきただけだ。
 私は、結婚をしたくなければ、子どもも嫌いだからいらない。一人で生きていくしかない。でも、それは隆二も同じだろう。ふらふらと女とくっつき離れて、お互い歳を取るだけで中身は変わらないだろう。あの日が来るまで、ほぼ確信していた。でも、隆二は変わった。
 私は、隆二の女になったことがないから分からない。本当は、遊びながらも運命の人とやらを探していたのだろうか。友だちなのに、何もわかっていない気がしてきた。
 彼女になりたかったわけではない。むしろなりたくなかった。ずっと一緒にいられるのなら、ずっと友だちでいたかった。
「いや、今も友だちか……」
 関係性は変わっていないのに、みんなを遠くに感じるのはなぜだろう。
 くしゃみをしてもひとり。私は、当たり障りのないおめでとうの文章を送った。早く服を着なくては。風邪をひいても、見舞いに来てくれる友だちはもういないのだから。

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