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松田聖子 「Citron」 15th (1988)

松田聖子、15枚目のオリジナルアルバム。
正直、彼女のアルバムについては「Windy Shadow」あたりが限界なのですが、AOR好きな私にとっては本作はやっぱりスルー出来ないアルバムなんです(といいつつ今まで長らく聴いていなかったのですが)。それは本作のプロデューサーがデヴィッド・フォスターだからなんです。
もちろんデヴィッド・フォスターはAOR好きにとっては神様みたいな存在。70年代~80年代初頭のAORを牽引していたのは間違いなく彼であり、ジェイ・グレイドンでした。そんなフォスターが腕を振るったアルバム。私としては外せないアルバムなんですね~。

1988年、時はバブルの真っ只中。ソニーがCBSレコードを買収したのがちょうどこの年。もちろん本作がフォスターが本作に関与することになったのも、そういった事情が絡んでのこと…と推察されます(彼女の所属レコード会社はソニーですしね)。
そして翌年、レコード会社の強い意向により松田聖子は全米デビューを目指すこととなり、全米進出に反対していたサンミュージックを去ることとなります。デビュー以来お世話になっていたサンミュージックを辞めなければならなくなった松田聖子と、恩師相澤会長がその後、言葉を交わしたのは17年後のこと。変化を求めざるを得ない事情もよく分かるし、なかなか考えさせられますね。

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それはそうと本作ですが、やっぱり今ひとつ、好きになれない。これは松田聖子のアルバムではなく、デヴィッド・フォスターのアルバムである、というのが正直な感想。
松田聖子プロジェクトは松本隆ワールドにぴったりな楽曲を載せて、それを松田聖子が表現してみせる…というのが王道ですが、ここではデヴィッド・フォスターのアレンジが、その世界観を崩してしまっているという感じでしょうか。
松本隆の言葉の微妙な感覚なんかは、もちろんフォスター先生には理解出来る筈もなく、それを国内スタッフ陣が「是非先生の好きなように料理してください」とでも言って、本作のプロデュースを依頼したのでしょうかね(もちろん勝手な推測です)。

本作ではそれが一番顕著な事例として⑦「続・赤いスイートピー」を挙げておきます。この曲、詞は松本隆、作曲はスティーヴ・キップナー、リンダ・トンプソン、フォスター先生の共作。スティーヴ・キップナーといったら彼が1979年に発表したソロアルバムは超名作なんですが、それくらい豪華な作家陣です。この曲はタイトルの通り、名曲「赤いスイートピー」の続編ですね。赤いスイートピーで描いた2人はその後別れてしまい、男性は別の女性と結婚しているという設定。この詞の随所に松本ワールドが繰り広げられているのですが、それを作曲陣がどこまで理解していたのか。正直、歌詞が響いてこないんですよね。「赤いスイートピー」と言ったら、春色の汽車に乗って…ですよね。詞とメロディが一体となってます。でもここではそれが噛み合っていないんですよね。皆さんは如何お感じでしょうか?

②「Marrakech」、④「You Can't Find Me」、⑥「We Never Get To It」なんかはマドンナを意識した作風ですね。気のせいか彼女のヴォーカルもマドンナ風に聴こえなくもない。④「You Can't Find Me」は私の大好きなジェイ・グレイドンが作曲しているのですが、う~ん、なんかあまり好きになれません。この時代特有の打ち込み系サウンドだし。
②「Marrakech」は一応シングルカットされているので、敬意を表し、音源アップしておきます。

本作で一番有名な曲が⑤「抱いて…」でしょうか。
松本隆&フォスター先生の作品。確かによく聴けば随所にフォスター節が発揮されてます。この曲に限って言えば、松田聖子らしい、一方でちょっと洋楽的な香りも漂う、ちょうどいい感じの仕上がりです。ギターはマイケル・ランドゥらしい音です。

本作中、一番のお気に入りは⑧「No.1」という楽曲。
実はアカペラグループのナイロンズが全面参加しております。デヴィッド・フォスターはカナダ人ですが、おそらくカナダ繋がりでナイロンズが起用されたのでしょう。これがまたいい。楽曲はJ-POPっぽいポップス。ひょっとしたら過剰なプロデュースワークがあまり発揮されていないから、いいのかもしれませんね(苦笑)。

その過剰なプロデュースを感じさせるのが⑩「林檎酒の日々」。
出だしこそ「抱いて…」系の普通のバラードなんですが…、しばらくするとクラシカルなピアノとオーケストラが…。これ、フォスター先生が得意とするアレンジですね。しばらく演奏が続きます。フォスター先生の独演会ではないか、と錯覚してしまいます。この曲については、このドラマチックな展開がなかなか素晴らしいとのご意見が多いようですが、私はあまりにデヴィッド・フォスター色が強く、松田聖子が歌う意味があまり感じられず、あまり好感が持てないんですよね。

肝心の1曲をご紹介し忘れておりました(笑)。それが④「Every Little Hurt」。
フォスター先生とのデュエットです。この曲はランディ・グッドラム&デヴィッド・フォスターの共作。ですからクオリティが高いのです。もちろん詞もすべて英語。つまり洋楽指数が異様に高く、実際松田聖子のアルバムに収録されているような曲ではありません。でも洋楽として考えれば、結構いい曲です。
それにしても笑ってしまうのはこの曲、最初から歌い手はデヴィッド・フォスター(笑)。松田聖子のアルバムに収録されているのですから、せめて最初の歌い手は彼女でないと。この曲を聴いても明らかなように、本作はデヴィッド・フォスターが好きなように料理しているアルバムなのです。

そして次作「Precious Moment」では長年のパートナーであった松本隆と別れ、聖子自身が作詞するようになります。本作を聴けば、松本先生が離れていった理由も理解出来るし、松田聖子にとっても変化の時が来たということなのかもしれません。

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