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森高千里の魅力…

私が森高を意識したのは、南沙織のカバー曲「17才」がヒットした頃。平成元年、1989年頃でしょうか。
そのダンスビートは私の苦手なジャンルで、あまりいい印象はなかったのですが、ちょうどその頃、彼女の「」という曲が確かグリコ・ポッキーのCMに使われだして、その曲が私のストライクゾーンだった訳で・・・。
バブルの香り漂う容姿も懐かしい。う~ん、今、聴いてもイイ曲です(作詞は彼女自身)。

当時の彼女はミニスカートにコスプレを想起させるコスチュームで、人気を博してました。ただ根っから音楽好きの私としては、そういった要素を否定するつもりはないのですが、やっぱり彼女のユニークな音楽性に惹かれたんですね~。

森高千里のデビューは1987年。デビューアルバムは「New Season」。ここではまだ森高自身の作詞楽曲はなく、まあ、普通の凡庸なアイドルアルバムといった感じでしょうか。ただ翌年発表したセカンドアルバム「ミーハー」で、彼女自身が作詞した「ミーハー」の尖がった歌詞が注目されます。でも私はこの歌詞のみならず、作曲・アレンジを担当し、以降彼女の音楽的パートナーとなっていく斉藤英夫氏の力量にも驚いたものでした。彼女のヴォーカルは決して声量のある迫力系ではなく、また上手いともいい難いスタイルですが、そのヴォーカルに合う楽曲・アレンジ(男性コーラスとか)が大好きでした。

そして1988年のサードアルバム「見て」を経て、1989年発表の4枚目のアルバム「非実力派宣言」で自分のスタイルを確立させたのでした。件の「17才」はこのアルバムのトップに収録されていたナンバーで、アレンジはカーネーション直枝政太郎。ちなみに私は本作では「だいて」という楽曲がいちばん好きでしたね。アップした映像、森高がギターを弾きながら歌ってますが、もともとは彼女、ドラマーでした。

ドラムを叩く映像もアップしておきます。

このアルバムは2曲のカバー曲を除く全曲、作詞は森高自身。そして「17才」ともう1曲のカバーが「夜の煙突」という楽曲で、オリジナルはカーネーションなんですね。この曲はカーネーションが1984年にシングルリリースした楽曲で、当時は全く売れなかったので、当然ながら森高自身がこの曲を知っていた訳はなく(知っていたら相当なマニアですね)、アレンジで参加した直枝が、森高の個性を見抜き、このアイドルらしからぬロック曲を歌わせたのではないでしょうか・・・。もちろん自信のあった自分の曲をもう一度復活させようという野心もあったと思いますが。
アップしたのは当時のプロモーションビデオ。with カーネーションになってますね。なぜか途中で武士の姿になっている直枝さん(笑)。間奏のギターとか、尖がってますね。それにしても森高の踊り、衣装、化粧。すべてがバブル当時を彷彿させます。でも、でも、う~ん、カッコいい。ついでにライヴ映像もアップしちゃいます。

バブル崩壊と共に彼女は消えていくのかと思いきや、「私がオバさんになっても」「渡良瀬橋」「気分爽快」「ララサンシャイン」等、確実にヒットを飛ばしていくのでした。その後のアルバムでは自身でドラムを叩く曲も収録されてたりしています。そして1999年、江口洋介氏との結婚を機に、一時芸能活動を中止してました。
最近また活動を開始してますが、ここまで息の長い活動が出来るのは、やっぱり彼女自身の能力に拠るところが大きいのでしょう。

最近の森高さん、全く変わらない…。同世代の誇りですね~(笑)。

ちなみに私は彼女と誕生日が一緒であること(年齢は私の一つ下)が少しだけ自慢です(笑)。

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