実話怪談【無題】3 彼の現在

当時、特別に仲の良かった訳では無いが、小学校卒業ぶりにあった安達くんとはそれなりに話が弾んだ。

「加藤って覚えてるか」

彼の言葉で、忘れていた小学生時代の加藤くんについての記憶が頭の中をよぎる。

「覚えてる。喋れない子」

安達くんは、待っていたと言わんばかりに目をかっと見開いて言った。

「あいつ今めちゃくちゃ喋ってるよ」

正直、なんと反応したら良いか分からなかった。
病気か、過去のトラウマか、いずれにせよその原因を克服できたのだろうと思った。

「加藤いまこっち戻ってきてて、俺こないだ会ってきたんだよ。あいつ全然変わっててびっくりしたよ。

俺その時、なんで前喋れなかったのって聞いたのよ。

したらあいつ、声を出すと喉から出てくるって」

幼稚園生のときまでは何事もなく声も出ていて、どちらかと言うとおしゃべりな方だった。

小学校に上がってすぐに起こった『ある出来事』をきっかけに、声を出そうとすると、それに被せるように喉から女の叫び声のような音が出るようになった。
それに伴い、胃のあたりから喉にかけて、何かが這い出てくるような、嘔吐に近い感覚に襲われるようになったそうだ。

それから彼は、何も喋れなくなった。

ただ、気を付けて生活していても、どうしても声が出てしまう場面というのはあるそうで、
例えば部屋に虫が出た時や、机に足をぶつけた時、
そして、クラスメイトの悪ふざけで笑ってしまった時。

その度に、喉から鋭い女の金切り声が響き、喉から何かが出てくるような苦しさや痛みに襲われる。

その声と嗚咽は、回数を重ねる毎により大きなものになっていった。

小学五年生のある日、いつものようにクラスメイトたちが自分をからかいに来る。
その時は、変顔をして笑わせようとしてきたそうだ。

彼は、それが案外嫌ではなく、むしろこんな自分に構ってくれると嬉しかったと言ったらしい。

そこで、突然後ろにいたクラスメイトが脇に手を伸ばしてきた。
あまりのくすぐったさに、思わず声が出てしまった。

その時、今までとは比較出来ないほどの耳をつんざく大きな金切り声が喉から響いた。

それと同時に、何かが胃から上がってくる感覚。

あまりの喉の痛みと苦しさにその場でうずくまる。

涙で前が見えず、ただひたすらその苦痛に耐えるしかないと思ったそのとき、喉元でつっかえていた「何か」が、一気に口の中に出てきた。

今口の中に何があるのか、歯触りや感触、独特の味や匂いですぐに理解したという。

何とかそれを外に出そうと口を大きく開けて身体中に力を込める。

するとそれは、俯く自分の口からぶら下がるようにしてでろんと出てきた。

人間の指だった。

それを見た瞬間、気を失ってしまったのか気付くと保健室だった。
「あなたが突然倒れたってクラスメイト達が運んできたのよ」
と養護の先生が言ったので、あの声はクラスメイトたちには聞こえていないのかと、そこで初めて知ったそうだ。

その後、親の仕事の都合で引っ越しが決まり、T市を離れた。

ここまで聞いて僕はある疑問が浮かんだ。

声を出せなくなった原因の、『ある出来事』とは何か。それと、なぜ今は声を出せるようになっているのか。

そこで安達くんは、
「俺この話聞いて信じられなくて、でもお前いま喋れてるじゃんって聞いたら加藤が、全部出たからって笑ってて気持ち悪くてそれ以上聞けなかったよ。そんなに気になるなら、加藤の連絡教えるから本人に聞いてみれば」

僕にそう言った。

この約1週間後、僕は加藤くんと実際に会うことになる。

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