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伊藤羊一さんのおかげで「長男、受かるぞ。これは。」と思った件

タイトルに「長男、受かるぞ。これは。」と書いておいて、来年の彼にプレッシャーになったらごめんという気持ちが5%ぐらいあるのだが、もう気持ちの上では、彼は受かっているので、このタイトルにした。朝7時過ぎから長男と離して、鳥肌立てて、ハイテンションなまま、勢いで記事にしていく。

昨日伊藤羊一さんの音声配信Voicyを聴いた。

聴き心地の良い声で、熱く情熱的な音声配信が好きでよく拝聴している。昨日聴いたのは、「澤 円さん」のVoicyを聴いて、の話だった。と言うわけで私は伊藤さんのVoicyの後、題材となっていた澤さんの音声を聴いた。

さらに、

澤さんが伊藤さんの音声を受けて脳内で起こっていることをお話しされていた。音声の時系列は「澤さん→伊藤さんの考察→澤さん」だ。

書きたくて、話したくてうずうずする。

私は、伊藤さんの考察によって長男のことを思い出し、脳内にブワーッと文字があふれた。イメージは2万字。50テーマ。文章にしていては眠れない。書きたくてうずうず、長男と話したくてうずうずしながら、眠りについた。

朝のお弁当を作りながら、再度伊藤さんの音声を聴く。頭の中で話したいことが固まった。7時20分、朝食を食べる長男に向けて話をし始める。次女は洗面台へ行き、次男は準備が終わって、リビングで絵を描いている。

プレゼンの仕方と学びは逆再生?

伊藤羊一さんの考察は、ぜひご本人の音声を聴いていただきたいのだが、私の脳内と心をうずかせた部分についてだけ抜き出して説明する。

澤円さんと伊藤羊一さんのプレゼンテーションを組み立てていく方法、アプローチが全く違うことが話の発端だった。澤さんは画像を検索して、そのイメージで脳内を刺激して、プレゼンテーションを構築し、スライドも画像プラス短い文字で、作成される。逆に伊藤さんは、文字、ロジックでプレゼンテーションを組み立て、スライドも短い文字で作成される。

しかし最終的に2人とも、論理的で聴いている人がイメージをつかみ、心が動くエモーショナルなプレゼンになっている、と。まさしく私がスライドなしの音声配信で今、うずうずしているように、だ。「ゴールは近しいところにあるのに、アプローチにこれだけ違いが出るのはなぜだろう?」と考えた結果、伊藤さんはある推察にたどりつかれた。「学びの順番が違うのではないか」ということだ。

伊藤さんは学ぶとき、全体的なイメージをつかんでから、論理的に理解していくそうだ。だから頭の中にはロジックがたくさん貯まっていく。そして澤さんは物事を論理的に捉えて、それを積み上げてイメージにしているのではないか、と。だから頭の中にイメージが貯まっている。

その違いが、アウトプットの際に出る。頭の中に貯まっているものを起点として「スライド」で可視化し、それを自分の言葉で補足していく。つまり、伊藤さんなら、「ロジック」を積み立てて“イメージ”を作り、澤さんは「イメージ」を分解して“ロジック”を作る。どちらもロジカルイメージがあるから、聴いている人は右脳でも左脳でも理解できて、心動かされているのだろう。

・ロジック→イメージ
・ロジック→ロジック
・イメージ→ロジック
・イメージ→イメージ

この論理でいけば、学ぶ順番と最終的な理解をする観点から4種類の人がいそうだ。それぞれ別の職業に向いていて、人に「伝える」と言う意味では「ロジック」と「イメージ」が両方ある方が良さそうだと想像する一方で、私は長男のことを思い出していた。

論理的な人間なのに、論理的に説明してもこじれる

4人の子供、それぞれが、母乳を飲むときから性格が違っていた。それなりに、それぞれに合わせて育児をしているつもりでいる。長男の場合、論理的な思考の持ち主なので、論理的に話せば理解してくれることが多い。

だが、この1年“彼の本質に関わること”に関しては特に、理解しようとせず、こじれることが多かった。本人は「すねる」し、私も「なんで論理的に話してるのに、わからないんだ」と意固地になる。話は進まないまま、別人格だし、分かり合えないことがあって当たり前、と放置していた。伊藤羊一さんの音声に、こじれた理由のヒントがあるように思えた。長男はアウトプットは確かに論理的だが、学びの最初はイメージなのではないか?と言う仮説が浮かび上がってきたのだ。

もともと長男はアートな人間だ

仮説と同時に過去の彼が私を見ている。もともと長男は、イメージ先行型のアートな人間じゃないか。小さな頃から絵のオリジナリティがあった。彼の作品は今も飾っている。立体的なものを制作するのも、上手い。それは、イメージを最初に持っているからだ、と彼が小学生の頃には思っていた私。

長男が様々な知識をつけ、でてくる言葉が論理的になって行き、本質が変わってきたと理解していた。でも、本当にそうだろうか?

今朝、長男にこの仮説を話した。すると、出るは、出るは、本人の「思い当たる節」。1〜2分で彼の教科の理解度が深いところは「図解」や「イメージ」が最初にあって、その後論理的に理解したこと、という具体例が5個も出てきた。

鳥肌が立つ。もうこれは仮説に間違いないのでは?と思った瞬間、口から出ていた。

「昨日、これが正しければ、○○(長男の名前)受かるな、これは、と思ってん」

「長男、受かるぞ。これは。」

長男の目が今年の共通テスト(1月実施)後、初めて輝いた。満更でもない表情だ。ここから私の中にあった提案を続ける。

長男は、数学が得意で、イケイケの時は9割取れるのに、同じ範囲の試験で、少しでも気持ちが「俺無理やわ」と自分を疑う方向にいくと、7割〜8割に正答率が落ちる。大きい時で2割の差は、「ひらめかなくなる」と言う言葉で表現されていた。どんなに調子が悪くても8〜9割取れるようにするには、「自分のものにする」しかない。過去問を解いていて、数学の解説を読み漁る。そこで正答率が100%でも、試験時には、ほとんどメンタルが原因で点数を落とす。メンタルをイケイケに持っていく方法を考えてルーティーンを用いてみるが、なかなか波は穏やかにならない。

実はこの2割は、覚えた時の定着の仕方が違ったのではないか。過去問をひたすらやり、解説を読む「論理的」な部分は一度置いておいて、イメージを図解などでつかむのが先ではないか。イメージをつかんでから、ロジックを用いれば、定着が深くなる可能性が高いのではないか。

「そう言われてみれば、問題読んで図解がすぐに思いつくやつはなんでも解けるけど、ひらめかなくなるやつはまず、図解がイメージできない」

と長男が言う。「つまり先にこのパターンのイメージをつかんで入れば、理解できるし、あぁ、そう言うことか!腑に落ちた感がハンパない!」ここでさらに長男にたたみかける。英語もイメージが先ではないか、と。

「歌が歌いたかったの」と言った長男

長男が小学校1年生の時、ロボット教室に通い始めた。その翌月、同じ教室の別のところでやっている英語が習いたいと言った。習い始めて2週間。彼はちょっと違う、と言い始めた。教室で習い始めたのはリスニングや会話、ライティングの入った内容だが、彼が見かけて入りたい!と思ったのは幼稚園のクラスだったらしい。楽しそうにしている様が良かったのだ。楽しそうにしているなら英語でもなんでも良かった。ツールは関係なかったのだ。そんな彼の英語の成績は平均点〜9割を超える。波の上下がひどい。7割取れたら、よしとしようと当てにしていない教科になる。ではなぜ9割取れる時があるのか。ただの得意分野だった。どうしてそこは得意なのか。たまたま長文と相性が良かっただけ。

そんなところで分析できないままだった。私より英単語も文法もわかっているのに、なぜできないのか。イメージできていなかったのではないか?英語をイメージから捉えていくことができたら、論理はわかっているのだから、最強ではないか。

地理も図解が多く、生物も化学も図表が好き。そりゃ得意でしょと言う話だ。国語は英語と同じく長文との相性で点数に波がある。ただ、英語とは何かが違うと思っていた。国語はイメージできているのだ。文章の難解さは問題ない。文章の相性さえ良ければ基本的に9割取れる。相性が悪いと7割五分まで落ちる。現代文を下支えするために、古文や漢文をやっていく中で、間違えない部分もやはり、図解できている部分だ、と本人が言う。

話を進めれば進めるほど、長男の言葉が私の「提案」から「本人の確信」に変わっていくのが見えた。うわぁ、ヤバい。鳥肌2回目。

「受かるな、これは」

今この時、4月に気づかせてもらえて良かった。また1年、もやもやするところだった。ひとまず数学と英語優先で自習時間に図解やイメージを作ってとらえるぞ、と話が進んで彼は予備校へ。私は、いつ聞かれてもいいように、図解の仕方を検索しておこう。

子供の学びを自分の学びにする

子育てをしていて思うのは、いつでも彼らが「あたらしい世界」を見せてくれると言うことだ。学校での流行り、学んだこと。世代が違えば、学ぶことも違う。彼らのことがあるから、目に入ってくる「ニュース」も変わる。

長男が自然科学に興味があるから“ダチョウ抗体”が気になって調べる。

長女が歌が好きだから、彼女が歌っている歌で流行りや傾向を知る。

次女がオリジナルの絵を描くのが好きだから、キャラクターデザインなどのことを調べる。

次男が4人目にして初めて、車に興味を持つ、戦隊モノに興味を持つ、と言う日本の男の子の「王道」を育ち方をしたから、その魅力を探す。

どれも自分とは別人格だからこそ広がっていった知識や世界だ。これはビジネスでもおおいに役立つ。

美容は王道が多い世界だからこそ、ブームが作られてきた

美容や健康を主軸に仕事をしていると、常にその基本的なところに変わりはないという結論に行き着く。だからこそ、昭和、平成時代、企業がテレビや雑誌などのメディアを使ってブームを作ってきた。SNSが発達しても、メディアが変わって細分化しただけで、Youtuberやインフルエンサーを使ってブームを仕掛けようとするシステムは変わりがない。

令和になり長く生き残るのは、メディアをうまく使う企業ではないと言う流れが見えてきている。その流れも、一時期スマホ廃人になりかけ、今もスマホ中毒な女子高生がいるおかげで、よくわかる。

情報が多すぎる中で、わかる限りの分析と落とし込みをするのが、経営者の役目だと私は考えている。もちろん、分析も落とし込みも外注で、それが得意なスタッフに任せるのでもいい。ただ、経営者自身がしっかり理解していることが大切だ。その分析や落とし込みの助けができれば、と思ってセミナーや講習をしている。

毎日考えているのはこの記事のようなこと。それを速報にしたり、深く熟成させたものをライン公式アカウントで配信している。

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【蛇足のらくがき】

「イメージっていう箱ができたら、そこにロジックっていう積み木が積まれていくような感じ」と長男に説明した。それを書こうとしたら、あまりの下手さに本文に採用できなかった。



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