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泣きながら帰った、あの日のこと。

帰り道、バスに揺られながら私は泣いていた。人目を憚ることもなく、次から次へと流れてくる涙を手のひらで拭いながら泣きじゃくっていた。友人から聞いていた「本当に寝れないから」という言葉が実感を持って迫ってきていた。

看護実習。乗り越えてきた多くの人が「寝れない」「きつい」と言うあれ。精神を病む人もいるあれ。看護師の中でも「絶対戻りたくない」と言う人がいるとかいないとか。ご多分に漏れず、今となっては私もそう思う。
誤解のないように言っておくが、決して得るものがなかったわけではない。患者さんに言ってもらったこと、看護師さんから教わったこと、全ての経験が将来的な武器になる。
それでも、だ。それでも私は戻りたくない。何度腱鞘炎を起こしただろう。何度悪夢で飛び起きただろう。何度泣きながらご飯を食べただろう。もうあんな思いはしたくない。

私にとっての最大の壁は急性期実習だった。上の学年の先輩から「一番きつい」と聞いていたけれど、その予備知識があってもなお辛かった。
大前提として睡眠が取れないのだ。その日の記録だけで4、5時間かかる。それが終われば次の日の計画を立て、得られた情報の整理と分析と関連付け、全体的な計画の立案…。平均して4時間眠れたら上出来といったところ。一睡もできなかった同級生もいた。
そんな状況だから心身ともに調子が狂う。部屋が暑くて仕方ないのに体温は35℃前半。食事が喉を通らず、長時間立っていると血圧低下で脳貧血を起こして倒れかける。異常にテンションが高くなったと思えば、訳もなく涙が溢れて止まらなくなる。
“実習には体調管理をして臨むこと”と教員からのお達しがあるが、それを言うなら休ませてほしい。

さらに、急性期は回復が早いから受け持ちが2人になることが多い。少なくとも私の学校では。そしてその2人の記録を期間内に完成させなければならないから、受け持ちが1人のときと比較して単純に2倍の量の記録を書くことになる。合計、A4の紙ファイルの背表紙と同じ厚み。手首の激痛をバンテリンで誤魔化しながらこの量をこなすうち、腱鞘炎になっていた。

バスや電車の中で号泣している人がいたら、その人が黒髪をお団子にしていたり耳にかけていたりしたら、化粧っけがなく眉だけ描いていたりしたら、もしかすると私のような人かもしれない。
眠れない日々に苦しみ、自分の体調がどん底に落ちた中でも、受け持った患者さんのために奔走している人かもしれない。

どうか、その人たちに冷たい目を向けないでほしい。涙が止まらなくなるほど辛い思いをしているのだと思って、そっとしていてほしい。泣いている人も、意外と見られていることに気づいているのだ。
それだけで、きっと過去の私が救われるから。

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