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静かな図書館はさびしいから

「あれ……?」

足を踏み入れた瞬間、“それ”に気づいた。

「静かだ」

仕事に必要な資料を探すために、久しぶりに図書館を訪れると静かなことに気づいた。


「図書館って静かな状態が普通でしょ?」と思うかもしれない。たしかに、「館内ではお静かに」と書かれた紙が貼ってあったり、多くの利用者が約束を守り静かに本を読んだりしているはずだ……普段であれば。

しかし今日は、その本を読んでいる人も見あたらない。それだけではない。普段は置いてある1人がけのソファもすべて撤去され、子どもたちの読書スペースも入れないようになっている。読みかけの雑誌を片手に、ソファで寝てしまう人の姿も見ないし、時折小さな笑い声をこぼしながら、コソコソと話す子どもたちの声も聞こえない。

聞こえるのは、貸し出される本のバーコードを読み取る機械音と、本を借り出口に向かう利用者の足音だけだ。その2つだけが静かな館内に響いていた。

「感染者、増えてきたもんな......」

館内が静かな理由を頭に思い浮かべながら、お目当ての専門書がある2階を目指す。

階段をのぼり辺りを見回すけれど、やはり誰もいない。本の貸し出しは1階で行っているため職員さんの姿もなく、同様に読書スペースも使えなくなっていることから利用者もいない。慣れ親しんでいるはずの図書館が、少し違う場所に見えてくる。

「閉館後もこんな感じなのかな」とも思いながら本を探す。今日は、”ここにあるはずのないジャンルの本”が置いてあることも、本が抜かれて空間ができていることもない。きちんと、あるべきところに行儀よく並んでいるため、目的の本も簡単に見つかった。

探していた本が、すんなりと見つかるのは嬉しい。けれど、「あ、借りられてる!」や、「それ、私も借りたかった!」と少しの差で誰かが先に借りていく、あの体験が恋しいと思ってしまう自分もいる。普段は避けたい体験だけれど、今は少し恋しい。ほんの少しだけ。


必要な本を探し、本棚から6冊抜く。受け付けに向かう前、半歩下がり本棚全体を見渡してみた。当たり前だが自分が抜いた箇所だけ、ぽつりぽつりといくつかの細い隙間ができている。自分が作った空間とはいえ、やはりこの光景のほうが見慣れているし落ち着くなと思った。


***

受付で交わす会話も、必要最低限だった。けれど、笑顔で対応してくれる職員さんのおかげで肩の力が抜けるのを感じた。手際よくバーコードを読み取る様子を眺めながら、「この静かな図書館に、あと何回来るのだろう」という疑問が浮かぶ。

できるなら、次来る時はいつも通りであってほしい。

でも、たぶんそれは無理だと思うから、せめて1人がけのソファをいくつかと、子どもたちの読書スペースは戻っていてほしい。戻れる状態になっていてほしい。

静かな図書館はさびしいから。




最後まで読んでいただきありがとうございました。