2022文披31題 ~つづきもの~
いくつかの日、どこかの、だれかたちの夏
1 ソーダ水の予感
Day3「謎」
“ソーダ水がはじけて、あなたがうまく見えない”
そんな流行りの歌が、つけっぱなしのラジオから流れている。
夜の底を、自転車で駆け抜けていく。
うまく見えないのは、まだ始まっていないから。
もしも淡い期待がかたちをもったら?
ラジオは明滅している。なにかのサインのように。
Day17「その名前」
“ソーダ水がとけたら、あなたをさがすの”
そんな流行りの歌が、つけっぱなしのラジオから流れている。
夜の底を、ゆっくりと自転車を押していく。
さがすのは、もう始まって、つかみたいから。
“ふたり泡になって、まるで揺れてるみたい”
ラジオは明滅している。シグナルは青。
Day20「入道雲」
半ドンの帰り道、ふたり並んで歩く。徒歩のきみにあわせて、夜の底を泳いだ自転車を押す。車輪のかすかな音が回る。
蝉の鳴き声さえ聞こえない、静かな午後。
道の先で、むくむくと雲がふくらんでいく。
ソフトクリームみたいに白い、けれど甘くはない、雨と雷の乱気流。この感情の行く末のようで。
2 銀河ファンタスティック
Day6「筆」
墨を磨る。使いこんだ硯の海に、ゆっくりとたまってゆく。
穂先にしっとりと含ませて、力のかぎり振り下ろせば、夜の色がひろがった。
もう一度。
今度はもっと深く、もっと遠くまで。
文をしたためるように、おもいが伝わるように。
空の色を塗りかえて、あとはコンペイトウを撒くばかり。
Day7「天の川」
樽を抱えて渡っていると、白鳥が飛び立つのが見えた。羽根を一枚二枚と拾い、あいた手を樽につっこむ。てのひらからコンペイトウがこぼれおちていった。
もう一回。
鷲と追いかけっこをしながら、見上げてくるサソリにコンペイトウをいくつか。
塗りかわった空の色、まだまだキラキラ撒いていく。
Day8「さらさら」
久しぶりに持った筆で、願い事をつづってゆく。
笹の鳴る音は水辺にも似た音、やすらかな気分に満たされていく。
ささのは ほしのね みな よるのこえ
ふと、そのように聞こえた気がした。
コンペイトウを撒いたような空の下、願いをのせた短冊が揺れている。
Day18「群青」
晴れたときにしか見られないから、と星撒きの師匠は言った。
星撒きは、撒く量、撒く時間が決まっている。
樽のなかに余った星があるとき、師匠は海にも星を撒いた。
深い青、たゆたう碧の底に、コンペイトウが沈んでゆく。数えきれないほど色とりどりの星を撒いても、その青はいつまでも澄んでいた。
3 宛先不明の置き手紙
Day13「切手」
白い貝殻、茶色の巻き貝、青い欠片。拾い集めながら砂浜を歩く。
海からの便りはいつも突然だ。けれど、いつもおだやかな文をくれる。
こちらからはどんなことを返そうか。
波の音をききながら、言の葉をつむいでいく。さざなみが去ったあとに現れたピンクの貝殻は、郵便屋の落とし物のようだった。
Day22「メッセージ」
波打ち際を歩く。素足を波が撫でていった。
欠けた貝殻を拾う。破れた切手のようなそれで、砂浜に記号を書いていく。
原始のように、いつか文字はなくなるだろう。
イメージでさえ、共有できる世界。
海を海とかたちづくり、恋を恋となづけることはなくなっても、それでも、この言の葉だけは。
4 泡沫はひと夏の
Day15「なみなみ」
たらいに水をそそぐ。量は、ふちいっぱいまで。
コップに炭酸水をそそぐ。量は、ふちいっぱいまで。
中庭をのぞむ小さな部屋、たらいに素足をひたして炭酸水に口をつける。
ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃん。
たらいの水がはね、炭酸がはじける。
満たされて、ゆらめく、水の午後。
Day28「しゅわしゅわ」
ゆらめく水の午後、たらいの水がぬるくなったころ、二杯目の炭酸水をそそいだ。なみなみとコップを満たした炭酸水は、まだ冷たい。
はじける音は、夏の名残のよう。
そっと口をつけても、終わる気配がしない、常夏の味。
いくつもの泡が上昇していく。恋のようにつぶれても、甘い香りは残る。
5 モノクローム・ミュージアム
Day19「氷」
ひんやりとした回廊だった。無数の花びらが柱のなかで舞っている。円い透明な柱のなかには、淡い色の花が咲きほこっていた。
時を永久に止めたかのような空間。花氷の回廊。
うすぐらい照明に、静謐が浮かび上がる。
ぬくもりを必要としない、ふれあうことのできない冷たい世界に、花がひらいてゆく。
Day26「標本」
花氷の回廊を抜けると、真っ白な骨格が並んでいた。巨大な、かつて繁栄を謳歌していたものたちの、痕跡。滅んだあとに分類され、名を与えられたことなど、この骨は知らないだろう。
我々が去ったあとには、何が残るのか。残ったそれは、我々を何と名づけるか。
時は止まっているのに、足音だけは響く。
6 おしまいのしらべ
Day30「貼紙」
今年もこの季節がやってきた。朱色の墨であざやかにひるがえった文字を見つめる。
去年は鳥居の柱、今年は掲示板、やっと見つけたそれを眺める。
今年はだれか誘ってみようか。スマートフォンをかまえて、シャッター音がポロンと鳴る。
夏の宵、一日だけの祭りのおしらせが、フォルダに内蔵された。
Day31「夏祭り」
黄昏をむかえて、お囃子に太鼓。金魚すくいにラムネ、かき氷。団扇をあおぎながら、さんざめく人、人、あれは人? 虹色のスリンキーは射的の景品、雨あがりの色。はしゃぎながら割れてヨーヨー、水鉄砲のよう。したたって、打ち上げ花火。舞、鈴、神様、清廉に祈って、願って。
宵は始まったばかり。
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