2022文披31題 ~よみきり~

とある日、どこかの、だれかの夏



Day1「黄昏」

空気さえも紅かった。
ひろがる空は薄青と朱色のグラデーション。まだ熱気を残している道を歩く。
沈みゆく太陽が、さよならを告げるために雲を黄金色に輝かせた。
燃えるような夕陽、影絵のような大樹。
ひきのばされた、まどろみに似たひととき。
やがてそれは、歌人がたたえた夜へと至る。


Day2「金魚」

水のなかを、ひらり、ひらり。金、銀、赤、黒、かろやかに。
風が吹きぬける縁側、青くふちどられたまるいガラスの世界は、それだけで涼やかだ。
アイスを片手に金魚鉢を眺めていると、どこから迷い込んだか、野良猫もいっしょに眺めていた。
きらびやかな踊り子は、そしらぬ顔で舞っている。 


Day4「滴る」

遠雷がきこえた。ほどなくして、雨がたたきつけてくる。
あわてて窓を閉めれば、うねる風の音に、かしぐ木々が見えた。
稲妻がひらめく。どこかで雷が落ちた。
いずれこの嵐も過ぎるだろう。虹をさがしにいくのもいいかもしれない。
窓ガラスには、幾筋もの水滴が伝っている。


Day5「線香花火」

すべり台の階段に腰かけて、マグネシウムの白い炎を眺める。ちょっと円をえがくように振り回しているうちに、すぐに燃え尽きてしまった。
最後の一本を手に取る。ほそいほそい、花火。
じんわりとふくらむ、赤。
やがてはじけ散る閃光に、どうかながくともりますように、と祈った。


Day9「団扇」

その古い和紙には、ところどころに茶色のしみが浮かんでいた。和紙の下には、細い竹の骨が何本も通っている。朝顔の図柄はさらりとした筆致で描かれ、持ち手はなじみやすく、軽かった。
祖母の遺品だった。
そっと、あおいでみる。
ふと、彼女がゆったりとあおぐ姿が見えたような気がした。


Day10「くらげ」

青い水の底にいるようだった。
イルカショーの歓声は遠い。
ひそやかなこのフロア、ガラスのむこう、ただよう姿は、泳げなくてもいい、と言っているようだった。
しなければならないこと、なんて、ひとつもない。
ゆらめいて、波間でゆっくりと呼吸する。透明な生き方を、しばらく見つめていた。


Day11「緑陰」

りっぱなその樹には、青々と葉がしげっていた。
いくつも伸びた枝は太く、しかしどこか繊細さをあわせもっている。
夏の陽射しをはじく緑は輝いているが、その下は黒く濃い影が斑模様に浮かんでいた。
蝉の邪魔をしないよう、すこしだけ樹にもたれる。
桜の樹の存在感は、春だけではない。


Day12「すいか」

あんなにも大きかったのに、切り分けると、少ししかないように感じてしまう。縁側に座って、同じくほおばる兄をうらめしく見ながらかじった。
甘い!
驚いておもわず隣を見ると、兄は種をどこまで遠く飛ばせるかに精を出していた。
怒られるのに……。けれどもし芽が出たら、一玉こっそりいただこう。


Day14「幽暗」

夕焼け小焼けが流れている。
まだ明るいのに、鳥居のむこうは仄暗い。鎮守の森がざわざわとうごめいた。
黒い影が走り、ゆらめいて、くるりと回る。
いくつも、さんざめくように。
それらは決して陰から出ず、かたちをはっきりと見せない。
魔に逢う時のくらがり。そこは、怪しきものがはべる境界。


Day16「錆び」

陽射しが照りつける。強い光は赤茶けたそれを浮き彫りにさせる。
それは傷だから触れてはいけない。
思いつつも、なぞってみた。
ざらざらとした、風化、侵食。指先にこびりついて、落ちていった。
輝きを取り戻せるかもしれない。けれど、このままでいいと思った。
時の流れ、空気、ここは水の国。


Day21「短夜」

ワイングラスに夜が映る。
海が見わたせるデッキチェア、優雅に一杯としゃれこんだ。
空にはこぼれそうなほどの星。北天の星座をつなぎあわせて、ひしゃくをつくる。
夜空のまんなかは、ゆらぐことがない。
ひしゃくが沈んで海の星をすくうころ、ボトルはカラになった。
やがて曙光がさす。


Day23「ひまわり」

黄金色の花びらがひらいている。一面に咲いていて、まぶしいほどだ。
日傘をさして、花の間を歩く。
この季節が終われば忘れられると知っていながら、それでも青空をめざす花。
そのまっすぐな姿勢は、すこしうらやましい。
けして届かない、だからこそ太陽に近づこうとする花を、夏が惜しむ。


Day24「絶叫」

どちらがいいかと問われても、どちらも選べない。
トランプカードのようにひろげられたのは、二枚のチラシ。
一つは遊園地。急角度で曲がっているジェットコースターが大きくうつしだされている。
もう一つは怪談。おどろおどろしい幽霊や提灯が紙面いっぱいにいる。
叫びたいほど、どちらも苦手だ。


Day25「キラキラ」

出航だ。
観光アナウンスを聞きながら、波にゆられていく。
おだやかなようで、すこしばかり上下に動く船のなか、奇岩を通りすぎていく。自然の造形物が、人が造りだした何かにみたてられて、感嘆の声。
カモメが飛び交う。海は昼下がりの陽射しをうけて、ダイヤモンドを散らしたようにかがやく。


Day27「水鉄砲」

壁に背をあずけ、ピストルをかまえる。じっと様子をうかがっていると、すこし離れた所で悲鳴が上がった。それは仲間の声。
怖気づく。だが、ためらっていては何も始まらない。思いきって飛び出した。
透明感のある、カラフルなピストルの引き金を引く。
ぴゅっ、と水が鬼役の子どもの顔を濡らした。


Day29「揃える」

やっと終わった。
午後の陽射しがさしこむ机のうえ、ひとりノートを閉じる。
楽しくなくなったらやめようと決めていたのに、意地っぱりの見栄っぱり、続けてしまった。
数冊に及んだ小説を、書き続けたそのノートを、持ち上げて、そっと立ててみる。
うまれたての、けれどしっかりとした、重みだった。

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