選手契約の流れ・手続き(Jリーグ所属選手編)
前回は「強化部による獲得候補選手チェックの流れ」と題し、クラブが獲得に興味を持つ選手の確認の手順をまとめました。
今回はその先のステップ、すなわち、実際に獲得を決めた選手について、どのような手順で契約・リリースまで至るのかについてお伝えしたいと思います。
具体的な手順は、以下の①~⑥となります。①は前回記事と重複するステップです。その後、クラブが実際に選手の獲得を決断してからは、②以降の手順に沿うことになります。
①選手代理人への興味申入れ
選手代理人と主に電話で、当該選手の獲得に興味を持っている旨を伝えます。ただし、この段階ではあくまで「興味」の頭出し程度。前回記事①~⑤でお伝えした選手の基礎情報や契約状況を、情報管理上許される範囲で確認します。この時点で条件が全く合致しなそうであれば、この先のステップには進まず話は立ち消えます。
②現所属クラブへの交渉開始通知
実際にクラブが当該選手の獲得を決断した場合、まずは選手の現所属クラブに仁義を通します。具体的には、「他クラブ在籍プロ選手との契約交渉開始に関する通知書」と呼ばれるJリーグ規定の書類を提示します。ただし、本通知書を突然送っても所属クラブは面食らってしまうので、事前に電話やメール等を通じて交渉開始の旨を伝えた上で、形式的に本通知書を提示します。ちなみに、本通知書は原本を郵送することが必須です。私はまずメールでPDFを送り、同時に原本を郵送するようにしています。
本通知書の内容自体は至ってシンプルであり、「〇〇選手との交渉をいついつから開始します」というもの。選手に提示予定の条件を所属クラブに明かすことはなく「貴クラブの〇〇選手と契約交渉しますのでご認識ください」と、あくまで仁義を通すための書類になります。
③選手代理人への契約条件の提示・協議
現所属クラブに対してフェアに情報開示をした後、いよいよ具体的な契約条件を選手代理人と協議し始めます。協議のトリガーとしては、代理人とのやり取りの中で把握した選手の希望条件をベースに、まずクラブ側の条件を「契約条件通知書」(俗にいう「オファーレター」)として提示します。ここでは、選手との契約条件の大枠である契約期間、年俸、支度金、ボーナス、違約金、その他重要な付帯条件を1枚の通知書としてまとめ代理人に提示します。これら条件が選手契約の骨子となるため、まずはこの粒度でクラブ・代理人間の合意に至るよう協議を進めます。当然、本通知書から内容が変更になる場合は、電話など口頭ではなくメールやメッセージなど文字として記録に残しておきます。
④選手契約の締結
契約条件通知書とその後のメールのやり取りで合意に至れば、選手がクラブに移籍してきてくれることは概ね内定。契約条件通知書に定めた条項以外の細かな諸条件は、選手契約書ベースで認識を合わせる作業に移ります。
なお、選手契約書の種類は2通りあります。1つはJFAが規定する「日本サッカー協会選手契約書」(統一契約書)、そしてもう1つは、統一契約書には記載されないより詳細な条件を定めたクラブと選手間の「選手契約に関する覚書」。統一契約書はJリーグでプレーする選手全員に共通する内容なので変更のしようがありません。従って、ここまで説明してきたような詳細な契約条件やクラブ独自の条項は、別途、本覚書上で合意します。契約締結に向けては、主に覚書の内容を選手代理人と電話・メールベースで認識合わせをし、合意ができたタイミングで関係各位の署名・捺印に進みます。そして、統一契約書と覚書の2通に、クラブ、選手(と未成年であればその親権者)、代理人が署名・捺印することで、無事に選手契約が締結となります。
⑤プレスリリース
移籍を対外的に発表するタイミングは、クラブの都合や移籍案件ごとに異なります。「④選手契約の締結」プロセスにて記載した統一契約書と覚書へのサインが完了したタイミングでリリースすることが基本ですが、一方で、特別な事情があれば、クラブ・選手・代理人の三者がメールなど文字に残る形で覚書に合意ができたタイミングで、正式なサインを前にしてリリースを出すケースもあります。後者のリリースは、選手や代理人との信頼関係のもと成り立つ方法です。
ちなみに、選手の移籍が所属クラブとの契約期間内に発生する場合は、③~⑤のプロセスの中で、選手契約と同時進行で所属クラブとの合意・リリース調整も行います。具体的には、「③選手代理人への契約条件の提示・協議」のプロセスで、選手が移籍を希望した場合は、選手及び選手代理人と所属クラブが移籍可否について協議します。その際に、獲得を申し入れたクラブは直接または代理人を経由するなどして移籍補償金(移籍金)等の諸条件を提示するため、所属クラブはそれを吟味します。そして、移籍を承認する場合は、クラブ間の「移籍合意書」の作成・締結のステップに移ります。
本クラブ間移籍合意書には、完全移籍であれば、移籍補償金の金額やその他の付帯条項、期限付き移籍であれば、期限付き移籍期間、期限付き移籍補償金の金額、両クラブの年俸負担割合、公式戦における不出場条項などを明記します。ちなみに、期限付き移籍の場合は、クラブ間移籍合意書の他に、JFAが定める「期限付移籍契約書」の作成・サインも必要です(移籍先クラブ、移籍元クラブ、選手(と未成年であればその親権者)、代理人が署名・捺印)。従って、期限付き移籍の場合は、選手との統一契約書、覚書、JFA規定の期限付移籍契約書、クラブ間移籍合意書(期限付移籍契約契約書の覚書の位置付け)の4種類の書類を作成する必要があり、少々煩雑です。(完全移籍の場合は、選手との統一契約書、覚書、クラブ間移籍合意書の3種類)
ちなみに、クラブ間でリリース日時を合わせる必要がある移籍については、両クラブの強化責任者の意向を踏まえつつ、広報同士が連携を取ってリリースのタイミングを調整します。
⑥JFA及びJリーグへの登録、契約書類の提出
JFAとJリーグの選手登録システムに、それぞれ選手情報を登録します。また、両団体が指定する書類の写しを提出します。例えば、統一契約書と覚書の写しは全てJリーグに提出する必要があります。また、移籍補償金(移籍金)が発生した場合には、その金額を所定の方法で通知した上でクラブ間合意書をJFAに提出しなくてはなりません。
このような複数の手順を経て、ようやくクラブに新たな選手を迎え入れることができます。「〇〇選手加入のお知らせ」というわずか1ページのリリースの中には、移籍先クラブ、移籍元クラブ、選手代理人、広報など、その選手にとって最良のキャリアを模索する多くの関係者による、膨大な努力の結晶が詰まっているのです。