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「日常」の短篇集


うなぎのぼり

 最近どうも元気がない。「どうも」というか、まあ原因は色々あるのだが、それにしても元気がない。積ん読の本たちがなくなるくらい1日中本を読む日もあれば、本当に何もせず1日を過ごすこともあるのにも関わらず、どうも元気がない。個人的疲れた時あるある「まぶたの痙攣」、「内側の肩甲骨の痛み」というイベントが発生し、どうしたもんかいのということで初めて鍼灸に挑戦した。ほぼ全裸状態鍼やら灸やらで快適な時間を過ごしたものの、その後もどうもスッキリしない日々が続いた。そういう時は食だろうということで豪華にうなぎを食べに行くことにした。せっかくならば美味しいものを食べたいということで神保町から少し歩いたところにある趣の塊のような、集英社向かいの鰻屋へ行った。若干暗く、全く音がないその店内には素敵なおばさんと寡黙な料理人が厨房にいた。そこのメニューはうな重のみで、注文するもなく席に着くと温かいお茶を出されつつ、御飯の量を聞かれた。どうせならということで、大盛りを頼んだ。しばらくすると、たくあん、肝吸い、うな重が運ばれてきた。うなぎは肉厚で、濃すぎず甘すぎないタレでご飯がすすむ。書きながら美味しい料理を美味しく表現することの難しさを感じたのでここでやめる。初めての肝吸いは、短く切って茹でたみみずのような肝を食べるのが正解なのか数分迷ったが、食べてみると特に味はないものの食感にハマった。ここまで書くとオチがバレてしまいそうだが、うなぎを食べて心身ともにうなぎ登りで体調回復して欲しいと思う。その後は時間があったので神保町の古書店や古くからある書店を巡り「AV女優の社会学」という、小熊英二が帯で「自己語りをする時、人はみなAV女優になる」と書いていた。「自己語りは自慰行為という説」を提唱している僕としては凄く気になったものの、amazonのレビュー欄がどうも賛否の否寄りだったので日和って買うことはなかった。著者の経歴を見ると、慶大在学中にキャバ嬢やらAV女優女優を経験し、卒業後は日経新聞に就職、会社で経歴がバレて退職し、東大学際情報学府で修士号を取った人らしい。凄く興味が湧いたのでいつか、気が向いたら、またどこかの書店で出会ったら読んでみたい。

ゲームデビュー

 僕はゲーム禁止の家で育った。ニンテンドー3DSに世間が賑わう時期も、Wiiの登場も、PS VITAやPS3、PS4の人気とも無縁の人生を送っていた。正直、任天堂が地球から消えても恐らく僕の生活には全く支障がなかった。高校に入り、カナダへ行ってから、PS4に触れることがあった。寮の共用スペースに置いてあったのだ。しかし、留学して初めの1年はほぼ触ることがなかった。最高学年の、寮のボスらが専有していたからだ。獲物にありつく順番が動物にあるように、半ば野生化したオスの社会は動物とそう大差ない。1年半以上が経ち、PS4でFIFAというサッカーゲームをプレイした。特に卒業までの最後の半年はバルサファンのジンバブエ人と留学早々に足を怪我してボルトを足に入れているパキスタン人の友達とずっとFIFAで遊んでいた。そんなこともあり帰国してからもずっと頭の片隅にPS4とFIFAがあった。
 時は流れ2020年は12月。大学やらインターンやらで割と精神が疲弊していた僕はGoToを使い都内の良さげなホテルに止まることを画策する。しかし、予約した2,3週間後、GoToの一時停止が発表された。さっさと予約をキャンセルし、手元に3万と数千円が残った。どこかやりきれなさを感じていた僕は、PS4の購入を決めた。決め手という決め手は特になかったが、PS5の発売で価格が下がっていたこと、クリスマス商戦もあってか台数制限があったこと、最新作のFIFA21がセールになっていたことがある。
 そうして手に入れたPS4で遊ぶのが僕の余暇時間の使い方の一つとなった。ずっとやりたかったFIFA21は夜明けを忘れさせるほど僕を夢中にさせた。ゲームと分かっていてもそのリアルな選手やスマホゲームのウイイレにはない自由な操作性は僕の手をコントローラーから離させなかった。自分にそっくりの見た目の選手を作ってビッククラブを渡り歩く選手キャリアモードには飽き、最近では同姓同名の監督をゲーム上で作り、ドイツ1部の名門「ドルトムント」の監督として南野拓実や久保建英を獲得し、キャプテンのロイスを起点とした攻撃でドイツカップ、リーグ、チャンピオンズリーグの3冠を達成することに夢中になっている。が、一人で劇的シュートに喜ぶのはすぐに飽きた。

逆走

 先日、日本Mサイズと書かれていたチャンピオンのリバースウィーブのパーカーを購入した。パーカーが好きで、特にカレッジパーカーと呼ばれる大学の名前がデザインされたものを漁るのが好きだ。注文したパーカーが小さかったので返品手続きをし、近くのヤマト営業所へ持ち込んだ。悲劇はその帰りに起こった。自転車で信号を渡ろうとしたところ、突然自転車でおやじがぶつかってきた。「どこ見てんだ!馬鹿野郎!」と怒鳴られ、なんだこいつという思いも裏腹に咄嗟に出た言葉は「すみません」だった。本当に僕が悪いと思っていればこんなところで負け犬の文章を書いていない。当時信号は青で、その親父は自転車レーンを逆走していた上、目の前には逆走禁止の看板が掛けられていた。そういう状況でも自分の正義を疑わず、真っ先に出る言葉が攻撃とは、やはり人間優しさと冷静さが大切なのだと痛感する。そんなこんなで、何で僕があんなに言われなきゃいけなかったんだろうな。と思いながら2週間、3週間が経とうとしている。本当に優しさと冷静さが欠けているのは自分のような気がしている。

床屋にて

 僕は人見知りだ。そういう風に思われないことも多いが、何の肩書も背負わず、この「上野裕太郎」でいる時は本当にはじめましてが苦手だ。その上に女性と話すのも苦手なので、入院中は長髪のダンディーな男性看護師はもちろん、なぜか患者に偉そうな研修医とさえも話す瞬間が楽しみで仕方なかった。相手が男性でも緊張する瞬間がある。それが床屋だ。2019年の夏以来、池袋の床屋で髪を切って、パーマをかけている。そこに通い続けているのは「フェードカット」と呼ばれるカットができることも大きいが、一番はいつも担当してもらっているAさんが僕に話しかけてこないからだ。この床屋に落ち着くまで何軒かの店を体験したが、どこも髪を切っている間や、シャンプーをしながら話しかけてくる。別に話したくないわけではないが、なかなかカジュアルに話すのが得意ではない。一方、このAさんは基本的に話しかけてこない。たまに話しかけてくるが、(恐らく)Aさんも特段会話上手ではないので断続的に会話が生まれるだけだ。
 ただ先日、髪を切り終わり最後の仕上げをしてもらっている時、突然「上野さん、凄く突然なんですけどゲームってしますか?Switch買ったんですけど、あれはいいですね。最近彼女とずっとどう森やってます。」なんだろう。この、会話をしたいのか、ただのメッセージなのか。ただ、あまり知らないこの割とタイプな(男)Aさんに彼女がいて、一緒にどう森をしていることが分かった。突然、人間味を感じて親近感が湧いた。次は本を持っていかず、会話を楽しんでみたい。

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