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健康が転落する時5話

健康が転落する時5話

7時間の安静を指示されていて6時間くらいあったようだ。ベットの角度も指示があり、最初の2時間は0度 その後は10度 だったような。

バクバク星人もバクバク大魔王も出現していない。駆逐してくれたようだ。

安堵のなかで手づかみで、昼食を食べていた。豆腐に醤油をつけておいてほしいと思うほど冷静でした。

翌日に医師から、退院許可と手術の結果報告を聞いた。
無事に終了した。
お酒も大丈夫、運動も1週間後からOK
薬はそのまま飲み続けてもよい。
ポータブル心電計も貸与されて、不整脈を感じたらとるように渡された。
今までの生活から見たら、バラ色な生活が送れる。
また、今までの様に送れると思った。

手術の翌々日は、妻も迎えに来てくれて、電車で帰った。
千疋屋で家族にケーキを買って帰った。

一週間ぶりの我が家へタクシーで帰宅する。

◆退院後

自宅のソファに座ってしばらくすると、来たよ。
バクバク星人が現れた。
この手の病気は、本人しかわからない。
娘は、よくなったから自動車の運転を横でアドバイスしてとか
こまごまとしたお願いをされていた。

心臓が不安定になることは、まあまあ、あることですと退院の際にも
申し送られていたことだったので気ににしていない。

早速、病院で渡されたポータブル心電計にバクバク星人を暴いてみた。
不整脈の症状だった。

脈の打つタイミングが一定ではなかった。仕事も週明けから予定していて、引継ぎの不十分なところもやっつけようとおもった矢先だった。

バクバク星人が日に6回くらい乗り移ってきた。

週が明け、在宅で仕事を開始した。実務とゆうよりは、残務的な仕事にあけ
午後休とした。

翌日の朝から、バクバク大魔王(頻脈と不整脈)が朝から登場して、再びお休みさせてもらった。

医師との説明通りのバラ色の生活は逆転していった。
だんだんひどくなり、大魔王と星人が暴れだした。

話が違う、と思い。再び、外来に出向く。

6月9日-6月16日
カテーテルアブレーション手術をして退院したあと、本当に苦しかった。
この時は、手術しなきゃよかったとかなり、思っていた。

手術のせいでズタボロにされたって、本当に思っていた。
苦しがっていたことをツイートしていた。

頻脈が日に数回起こって、手術の余波と思っていたのと
一生このままなのかって思った。

散歩も数百メートル単位でした。

外来受診の前に状況を電話で説明したら、
タンボコール錠を2から4に変更するように電話で伝えたが、
全然効果がなかった。

6月17日【外来受診】
この時、心拍150で不整脈状態で地元駅までタクシーで行き
電車で渋谷で降り、タクシーで病院へ向かった。
高心拍での移動は、マラソンで培ったものかな。
この状態で移動するって、老人であれば不可能だろう。

診察前に心電図をとった。
ひどい、波形だったにちがいない。
医師の順番待ちの最中に看護師さんが来てくれて
バイタルチェック(血圧、心拍、OPS2)してくれて、ベットも用意できますよと
言ってくれた。

医師の診察時になった。

自分:不整脈と頻脈が治まらないのです。
   退院してから不整脈が少しづつ悪くなってます。
先生:お薬変えます。
   ワラソン錠は、一日6錠までです。

自分:退院から徐々に悪くなることがあるんですか。
先生:この病気の難しいところです

薬だけ、変えて良くなるようであれば早めに来るべきだった。
10日間も耐えてたのに、素人考えでは、だんだん良くなると思い込んでいた。
退院から症状が進行することもあることが初めてわかった。
経験しないといわからないことだなとつくづく感じた。

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◆薬 6/17まで
ダンボコール錠50mg*2錠 (とりやめ)
ネキシウムカプセル20mg*1Cap
プラザキサカプセル75mg*4Cap

6/17から
ネキシウムカプセル20mg*1Cap(変更なし)
プラザキサカプセル75mg*4Cap(変更なし)
メインテート錠2.5mg*1錠 (新規)
プペリコール錠50mg*2錠 (新規)
ワラソン錠40mg*2錠 動悸時 (新規)

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◆診断書メモ
令和3年6月4日に入院、6月9日退院 発作性心房細動
6月7日 カテーテル心筋焼灼術(カテーテルアブレーション)

つづく


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