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天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜  第三話

 深夜、有都は自室のコンピューターに険しい顔で向かい合っていた。普通の日本人にとっては明らかにオーバースペックなコンピューターは、複数のモニターに次々とデータを出力していく。数ヵ国語で書かれた世界各国の未解決事件の、警察すら知らない情報と、きらびやかな宝石や王家の宝飾品の写真に有都は次々と目を通す。
 目を通し終わった頃、一般には流通していない通信ソフトを介して、“Boss”と言う人物から有都に英語で“指令”が送られる。有都は“Yes, sir”の一言を返した後、溜息をつく。
「そろそろ、いかなくちゃいけないな。次に戻ってこられるのはいつだろう」

 あの七夕の夜から数日。有都と美織の関係にも、二人を取り巻く環境にも唐突に変化は訪れた。ある日の二限、有都と同じ講義を履修していた諏訪は有都を呼び止める。
「おい、聞きたいことがある。少し二人で話をしないか」
 その口調は平静を装ってはいたものの、いつもの他の部員に対する紳士然とした態度とは明らかに違っていた。
「諏訪君が僕に話なんて、珍しいね。いいよ。隣の教室は二限も三限も使われていないはずだから、そこで話をしようか」
 二人は空き教室へと移動する。人が来るとも思えないが、念には念を入れてと諏訪は後ろ手でドアを閉めた後、鍵をかけた。
「昼休みも短いし、単刀直入に聞く。お前は、美織とつきあっているのか?」
「そう見えるかな。残念ながら違うよ」
 有都はいきなりの質問に困惑したが、正直に返答した。
「なら、美織を俺のものにしても問題はないな? ハッキリ言う。お前のようないけすかない男は、俺は大嫌いだ。だが、こっそり奪い取るような卑劣な真似をするほど小さい男ではない。真っ正面から、お前に勝負を挑む」
 頼りない口調の有都とは対照的に、諏訪は荒々しい口調でまくし立てた。
「諏訪君の好きにしたらいいと思うよ」
 有都は諏訪から目を逸らしポツリと呟いた。
「見逃すって言うのかよ。オレなんて相手にならないっていうのか? ふざけるな、なめやがって・・・・・・そういうすかしたところがむかつくんだよ」
 諏訪は煮え切らない有都の様子に激昂し、有都の胸倉を掴んだ。
「諏訪君のことを見下したコトなんてないよ。ただ、今の僕は美織を幸せにできないから、諏訪君を止める資格がないってだけだよ」
 有都は諏訪の目を見ることなく、悲しげな声で弁明する。諏訪は苛ついた様子で、有都の服を掴む手に一層力を込めた。
「でも、美織のことを傷つけたらそのときは許さない」
 一瞬間を置いたのち、有都は諏訪を睨みつけた。諏訪は平和主義の有都が言い返したことに少し驚いたが、動揺を悟られまいと乱暴に手を離し、何も言わずに鍵を開けて教室を出て行った。有都はただ、空き教室に立ち尽くしていた。

 空き教室での出来事は当然双方とも口外することはなかった。その数日後の帰り道、美織は突然有都に問いかける。
「ねえ、有都。もし、もしだよ? 私のことを好きだっていう人が現れたら、どう思う?」
 美織は必要以上に仮定の話だと念押ししたが、有都にはそれが何を意味しているかはっきりと分かった。
「諏訪君だろ? 美織が、好きな道を選んだらいいんじゃないかな」
「何それ・・・・・・勝手にしろってこと?」
 有都の返答をあまりに無関心に感じた美織は、悲しみと怒りのあまり強い口調で有都を問い詰める。
「僕は、美織が幸せならそれでいいから。離れてても、ずっと美織の幸せを願ってるよ」
 それだけ言うと、有都は美織の顔を見ることなく走り出した。
「え、離れててもって何? ちょっと有都・・・・・・どこ行くの?」
 有都は無我夢中で走った。美織はすぐに有都を見失ってしまった。美織が追い付けないほど遠くまで逃げてもなお、有都は全力で走り続けた。


 翌日、部室はある話題で持ちきりだった。チューニングの音と噂話が室内に溢れかえる。
「えー、本当? でもなんでなんだろう? 留学とかかな?」
「うっそー、有都先輩ひそかに憧れてたのにショックー」
「美織先輩なら知ってるんじゃないかな?」
 美織が部室に入ると、噂話をしていた下級生の視線は一斉に美織のもとに集まった。
「こんにちはー、みんな、どうしたの?」
「あっ、美織先輩! 有都先輩が学校やめちゃったって本当ですか? 何か聞いてませんか?」
 当然、そんな話は美織も聞いていない。
「嘘、私何も知らない」
 そう、何も知らない。美織はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 部員の間に確執があっても、部員の一人が学校をやめても、日常は流れ続ける。美織はどこか上の空で過ごしていたが、何もしないというわけにもいかない。数日後、夏合宿の買い出しのため、美織は渋谷を訪れていた。
「次のニュースです。『怪盗アルタイル、またしても予告状』近頃世間を騒がせている大泥棒、通称怪盗アルタイルが横浜市の宝石商に対して『クレオパトラのエメラルド』を盗み出すと犯行予告を行いました。こちらの怪盗アルタイルですが、空飛ぶ怪盗の異名を持ち、現時点で犯行の成功確率は驚異の百パーセントと言われています。被害総額は数十億円と見られ、警察は総力をあげて捜査をすすめています。こちらが、大胆にも監視カメラにメッセージを残した怪盗アルタイルの映像です」
 スクランブル交差点の街頭ビジョンが、一人の怪盗の姿を映し出す。
「こちらの首飾りはいただきましたよ、それでは、今宵も遠い空から愛しの織姫に口づけを」
 豪華絢爛な首飾りを片手に投げキッスをする怪盗の声と姿は、変装をしていても紛れもなく有都だと美織にはすぐに分かった。
「えっ、まさか、有都・・・・・・なんで・・・・・・」

 怪盗アルタイルはその後も犯行を重ね続けた。ビルの屋上から、パトカーの群れと報道陣を見下ろしながら有都は誰にも聞こえない小さな声で呟く。
「美織、僕のいないとこで僕のこと、少しは気にかけてくれてるかい? だとしたら、嬉しいと思ってしまう僕は罪深いな。どうか、この愛しさが美織に届きますように」
 一台のカメラが、怪盗アルタイルの姿を捕える。それに気づいた有都は、マントをはためかせて今日も大胆に口上を述べる。
「遠い空から愛しの織姫に口づけを」


続く・・・次回第四話  八月七日更新


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