【短編小説】天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜 第五話
有都は美織の手を握ったまま美織の目をまっすぐに見つめ続ける。静かな展示室に絡繰時計の音だけが響いていた。美織はしばらくの間、目を逸らしたり何かを言いかけてはやめたりを繰り返していたが、ようやく有都の目を見つめ返して微笑んだ。
「有都が秘密を教えてくれたから。私も秘密をひとつ教えてあげる。私ね、あの日川に流した短冊に、有都と結ばれますようにって書いてたの」
美織は竪琴が展示されているケースを開けた。軽く何音か鳴らして調弦した後、有都に問いかける。
「盗みに来るくらいだから、連理の竪琴の伝説は有都も知ってるよね?」
「うん」
「この竪琴で一曲弾いたら、愛する人と結ばれる。信じてもいいよね」
美織はそう言うと、曲を弾き始めた。それはあの七夕祭りの日、有都の前で弾いた曲だった。曲を弾ききった後、美織は有都に問いかける。
「これで私たち、結ばれるかな?」
「結ばれるよ。だって、今日は七夕だから」
有都は力強い声で答えた。
「でも、せっかくの七夕なのに今日は雨がひどいなぁ。これじゃあ織姫様と彦星様は会えないね」
窓の外を見ると、先ほどよりも激しい雷雨だ。
「七夕の日に降る雨って、会えなかった織姫と彦星の涙って言い伝えがあるらしいね。でも、いつか空はきっと晴れる。僕たちだって、いつかはずっと隣にいられるようになる」
「いつか、じゃ嫌だよ。有都」
美織が有都を見つめて告げる。絡繰時計が指し示す時刻はもうすぐ24時になろうとしていた。
「ねえ、この竪琴と一緒に、私をさらって」
美織の指が弦をなぞる。綺麗なアルペジオが展示室に響いた。
「美織・・・・・・」
「有都と一緒なら危険だって構わない。有都が世界を敵に回したとしても、私は有都の隣にいたい」
一目会えればそれでよかった。美織を危険にさらしたくなかった。しかし、決意に満ちた美織のまなざしに、有都の心は揺れていた。
「後悔、しない?」
有都はおそるおそる美織に問いかける。
「しないよ、絶対に。どこにだってついていくよ」
美織は即答した。そして、有都に向かって手を伸ばす。
「それなら・・・・・・命を賭けて、お守りします。織姫様」
有都は騎士のように跪いて、美織の手を取った。
「夢みたい。有都と結ばれる日が来るなんて」
「これからいくらでも夢を見せてあげる」
「ふふっ・・・・・・どんな夢を見せてくれるの?」
美織は顔を赤らめて笑った。
「たとえば、ここ十年ずっと東京で七夕の日に天の川なんて見られなかったよね。だから、曇り空でも、こんな雨の日でも見られる天の川を見せてあげる」
「本当に、そんなことができたらおとぎ話みたい」
「できるよ、美織のためなら魔法使いにだってなれるさ。僕たちだけの天の川を見下ろせる場所へ連れて行くよ。さあ行こう、星合いの橋へ」
有都が窓を開けた途端、絡繰時計が十二時を指し示した。壮大な仕掛けが動き出し、鐘と音楽が響き、木馬や人形が躍り出す。
「あっ、十二時だ」
美織が呟いた瞬間、展示室のドアが開き、大勢の警官がなだれこむ。先頭に立っていたのは諏訪だった。
「そこまでだ、怪盗アルタイル!」
続く…次回第六話 8月27日更新予定
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