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天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜 第一話

 金曜日の夜の喧噪も普段ならばすっかり静まり返っているはずの午前二時。平和な夜を壊すように何台ものパトカーのサイレンが輪唱する。

「いたぞ、あそこだ!」

 一人の長身の刑事が十三階建てのビルの屋上を指差した。屋上には一人の男が佇む影。指示を聞いた刑事たちは次々にビルの非常階段を駆け上がる。

 刑事たちが数分かけて階段を昇っている間、怪盗は大胆にも逃げずに屋上に留まり続けた。屋上のドアを開ける音に、怪盗は振り返り、戦利品の赤い宝石を見せつけた。

「諏訪刑事、一足遅かったようですね。ロイヤルレッドダイヤはいただきましたよ」

 諏訪と呼ばれた刑事はフェンス越しに歯ぎしりをする。
「怪盗アルタイル、貴様・・・・・・!」

 激昂する諏訪を怪盗は一瞥するとマントを勝ち誇ったようにはためかせる。

「それでは今宵も、遠い空から愛しの織姫に口づけを」

 怪盗アルタイルはロイヤルレッドダイヤにキスをして、犯行のたびに恒例となった口上を述べる。直後、ビルの屋上から一歩踏み出すと空へと飛び立った。そして、星空の彼方へと消えていった。


数日後の朝、東京都港区のベガミュージアムでは館長と諏訪を含め数人が神妙な顔をして顔を突き合わせている。

「数年前に初めて怪盗アルタイルとやらが現れたときから、財界は戦々恐々としていたが、まさか、わがベガミュージアムにも予告状が来るとは。それにしても、ビデオレターで予告状を送るなんてずいぶんとキザな泥棒だ。今から、再生する」

 館長は大画面でビデオレターの再生を始めた。先日ロイヤルレッドダイヤを盗み世間を騒がせた怪盗アルタイルが不敵な笑みを浮かべている。

「ベガミュージアム館長様、はじめまして。怪盗アルタイルと申します。以後、お見知りおきを。織姫が川に願いを流した夜、「連理の竪琴」をいただきに参ります。それでは、遠い空から愛しの織姫に口づけを」

 怪盗アルタイルは投げキッスをした。動画の最後は派手できらびやかなエフェクトでしめられていた。

「これが、例の予告状だ」

 映像が終わると、苛ついた表情で館長はモニターの電源を落とした。

「この、連理の竪琴、というのは」
 諏訪が質問をする。

「美織、お前が諏訪警部に説明してやりなさい。来年にはお前も正式にベガミュージアムの副館長になるのだから」

 館長に促された職員、琴音美織が淡々と説明を始めた。

「はい、お父様。連理の竪琴とは、遠い昔に連理の枝を持つ木、つまり枝同士がつながった二本の木から作られた竪琴です。この竪琴を弾いた者の恋は叶うとして、不滅の愛を求めた貴族たちの宝とされていました。値段をつけられるようなものではありませんが、あえてつけるとするならば十億円はくだらないでしょう」
「なるほど、それは万が一にも盗まれることがあってはなりませんね。ご安心ください。すでに私には、この予告状の暗号の意味が分かりました」

 美織の説明が終わるや否や諏訪は自信満々に言ってのけた。

「なにっ? 本当かね?」

 館長は思わず身を乗り出して反応する。

「はい、怪盗アルタイルは犯行日時や場所をぼかして捜査を攪乱する姑息な盗人ですが、今回はヒントを出し過ぎたようですね。織姫が川に願いを流した夜、というのは笹流しのことです。ベガミュージアムの近くに川があるでしょう?あちらで毎年、七夕祭の翌日、つまり七月八日の夕方から夜にかけて七夕の短冊を笹ごと流す風習があります。ですから、犯行は七月八日の夜に行われるとみて間違いありません」

「おおっ、さすがだよ諏訪君。君は本当に素晴らしい。異例の早さで警部まで昇進するのも納得だ。聞くところによると、美織と同じ大学でミスターキャンパスになったこともあるそうじゃないか。同性の私から見てもいい男だよ、君は。美織の婿にきてほしいくらいだ」

 館長は豪快に笑った。

「ははは、美織さんさえ良ければ、ですけどね」

 諏訪は上品に微笑みながら返答したが、その目には強い野心の光が灯っていた。

「あの、お父様、諏訪警部。私はまだ仕事が残っておりますので、このあたりで失礼いたします」

 その場の空気に気まずさを感じた美織は遮るようにまくし立てると、足早に部屋を後にした。部屋を出た美織は一人、諏訪の推理が間違っていると確信していた。

(違う、あの予告状の本当の意味は・・・・・・)

数日後、二〇二〇年七月七日。美織は一人、閉館後の誰もいないベガミュージアムを訪れていた。美織が向かったのは連理の竪琴が展示されている部屋である。広い展示室に、美織の足音と外から聞こえる雨音が響き渡る。
「アルト・・・・・・」

 一人きりの美術館で、美織は数年前に姿を消した男の名を呟いた。その時、一際強い風が吹き、施錠していたはずの一番大きな窓が開く。

「あっ・・・・・・」

 美織が見上げると、怪盗アルタイルがマントをはためかせて窓から侵入していた。

「予告通り、連理の竪琴をいただきに参りました。・・・・・・おや、竪琴の守人は可憐な織姫様一人だけのようですね」

 怪盗アルタイルは音もたてずに軽やかに着地すると、動画と同じ気取った口調で美織に語り掛ける。

「何ふざけてるのよ・・・・・・アルト!アルトなんでしょう?」

 美織は彼の態度に激昂した。

「美織・・・・・・」

 久しぶりその名を呼ぶ声は、怪盗としての声色とは随分違ったものだった。

※この物語は松山優太オリジナル曲「天の川」の世界観を元に綴られた作品です。





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