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天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜  第二話

作:天野つばめ 監修:松山優太


 しばしの沈黙の後、美織は先日の会議の際には言わなかった自身の推理を有都に告げた。

「諏訪君は、有都が竪琴を盗みに来るのは笹流しがあの川で行われる日だって言ってたけど、もしそうなら
『織姫が川に願いを流した日』じゃなくて
『願いを流す日』になるはずでしょう?」
「その通りだよ。諏訪君には、言わなかったんだね」

「言わないよ。だって、私にだけ分かるように、予告状のビデオレターであの日のことを言ったんでしょう?」
美術館の部屋の片隅で、美術館来訪者のための七夕イベントで飾られた笹の葉が揺れていた。


話は今から五年前、二〇一五年に遡る。
東京緑山学院大学室内音楽サークルの元同期生である、琴音財閥の令嬢の美織、学年首席で新入生代表挨拶経験もある有都、そして成績優秀でミスターキャンパスの諏訪の三人は学内でも有名だった。

七月七日、サークルの帰りに部員たちは地域の七夕祭りに寄ることになった。諏訪は多くの女子部員に囲まれていた。

「諏訪君、一緒に回ろうよー」
「えー、あたしも諏訪君とまわりたーい」
「じゃあ、みんなで回ろうか」

自分を取り合う女子たちを諏訪は笑顔で紳士的に宥めて大勢で移動する。

「ねえ、諏訪君、射的でぬいぐるみ取ってよー」
「いいよ。こういうのは得意なんだ」

猫なで声の女子部員にお願いされて、諏訪は射的に挑戦する。銃を構え、引き金を引くと諏訪は見事一発で一番大きな熊のぬいぐるみを撃ち落とした。その腕前には射的屋の店員も驚いて目を丸くしている。女子たちは一斉に黄色い声を上げた。
「きゃ〜! 一発で当たった! 諏訪君すごーい!」

一方、美織と有都はほかの部員たちとは離れて、二人でお祭りを楽しんだ。
「へい、たこ焼き安いよ−!」
「お兄さん、お姉さん、金魚すくいやっていかない?」

祭囃子と呼び込みの声と子供たちがはしゃぐ声の波の中、美織たちも屋台で食べ物を買ったり、金魚すくいに夢中になったりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていく。祭りも終わりに差し掛かった頃、有都がたくさんの短冊がかかった笹を指差した。笹の傍には簡素な机があり、その上にはマーカーと短冊が置いてあった。

「あ、ここで短冊に願い事を書けるみたいだよ。書いていこうよ」
「うん!」
有都に促され、美織も短冊に願い事を書き始める。二人はそれぞれ短冊を笹にかけて会場を後にした。

その帰り道、有都と美織は川にかかる橋の上で立ち止まる。美織は、1枚の短冊を握っていた。
「楽しかったね、これで晴れて天の川が見えてたら最高なんだけどなあ」
「そうだね。ここ数年ずっと七夕は雨か曇りかだね」
「あーあ、この川が天の川だったらいいのにね」

美織が空を見上げる。空一面を雲が覆っていて、星どころか月ですら見えない。
「そしたら、ここは星合の橋だね」
「星合いの・・・・・・橋・・・・・・?」
 有都の言葉に美織は首を傾げた。
「織姫と彦星が会える橋の名前だよ。天の川にかかる橋。そこから見下ろす景色は2人だけのもの」
「素敵! 有都は何でも知ってるんだね!」

有都が解説すると、美織は目を輝かせる。
「そんなことないさ、世界には僕の知らないことがまだまだたくさんあるよ」
「またまた、謙遜しちゃって」
 二人は顔を見合わせて笑い合った。その時、ふと有都は美織が手に短冊を持っていることに気づく。

「ねえ美織、その短冊、笹にかけてこなかったの?」
「一枚はちゃんと書いてかけてきたよ。七夕って本来は芸事の上達を誓うもので、何かができますように、じゃなくて何かをしますって書くものなんだって。でも、私の本当の願いは芸術関係のことじゃないから」
「律儀だなぁ、美織は」
「だから、このお願い事は明日の笹流しよりも一足先に、川に流しちゃおうかなって」

美織が短冊に息をかけて軽く吹き飛ばすと、短冊ははらりはらりと川に向かって落ちていく。水面に落ちた短冊は川のせせらぎにゆっくりと流されていく。

「何て書いてたの?」
 短冊を見送りながら、有都が美織に質問した。
「内緒」
 美織は頬を赤らめて笑った。
「なんだよ、ケチ」
 有都が拗ねたような口調で言う。

「笹にかけてきた方は教えてあげる、竪琴絶対上達しますって書いたよ。そうだ、ちょっと聴いてほしい曲があるの」

美織は楽器ケースから竪琴を取り出して、曲のワンフレーズを演奏する。有都は心地よいアルペジオに聞き入った。
「もう充分うまいじゃん。僕は好きだよ。美織の、コト」
「え・・・・・・?」

美織が聞き返すと、有都はごまかすように笑い飛ばした。

「ははっ、何でもないよ」
 星灯りのない曇り空の夜の暗さの中では、有都も顔を赤らめていたことに美織は気づかなかった。

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