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東京を見た

 映画を観てもらうことがきっかけで世の中に浸透したゴールデンウィーク。映画はほぼ観なかった。実家であれこれしているうちに時間が流れ、そのうちには読書が入っている。自分の部屋の窓を開け、寝ころびながら向田邦子の本をのんびり読む。そしていつのまにか眼を閉じていた。あれこれには眠りもあって何もしていないのと同じかもしれない。やって来る吹く風に心が洗われていくような気がしたとき、ここ最近での一番の幸せだと感じた。
 東京に来て7年目。親から離れて7年目になっても、実家に戻るといつもダラダラ過ごしてしまい、母にご飯をつくってもらうことに感謝しつつも甘えている自分をいい加減叩き起こさなければならない。だけれども、犬のタータンが隣で昼寝してくれる。一緒に眠るのが帰省の楽しみになっている。

 昨年の末に父が倒れた。緊急入院したときには、助かる確率は五分五分だと医者に宣告されたそうだ。救急車に運ばれて即刻集中治療室に入った父を見守った母は繁忙期の年度末であることから子どもたちに気を遣って連絡を寄こさなかった。
「急なことで電話する気も起きなかったし、帰ってきてもね。死んだとは決まったわけでもなかったし」
 気丈夫な母が本当に迷ったんだろう。父は一命を取り留めたが後遺症が残り、今はリハビリで徐々に良くなっている。

 実家近くの県で仕事を見つけてゆったり過ごした方が良いだろうと何度も頭によぎったことだろう。仕事も好きな職種に就けているわけでもなし、会社では生きがいい上司のおじさんたちにはあるごとに嫌味を言われ続ける。人を疑う自分の心に嫌気が差し、心も落ち着かぬ毎日を過ごしていた。人事部を必死に訴え続けて、無事に部署異動することができたのは、本当に助けてくれた方々に感謝をしている。新しい部署では一番下だけれども、前より精を出して仕事をこなしている。ここにいる意味を問うことが増えて追い詰められることに必死に逃げていた日々が懐かしい。ここにいなくたって自分はどうにかいけるかもという自信にもつながった。
 東京は地理面積も街もさほど大きくないけれども、人の数が多いこともあってか広い世界で、うねうねでこんがらがってさえ見える地下鉄がこの街の複雑さを証明しているように思える。そんな東京に居続けなくても地元近くの都市圏に転職しても良い。電車の乗り継ぎも東京よりも簡単なはず。コロナで普及したリモートワークは人間関係の希薄さを生む弊害となっているかもしれないが、都心に住むことにこだわらなくても地方に住みながら仕事をする選択も視野に入れることができるようになった。

 ゴールデンウィークの終わりかけに飛行機で東京まで戻ってきた。羽田空港で飛行機が混雑しているため着陸できず、旋回してタイミングを待つアナウンスが機内に放送された。全日空のテレビ付き飛行機に搭乗していたため、聴いていたラジオを切り良く終えることができるかもしれない、と内心喜んでいた。ふと窓の外を観たとき、地上とは違う夜の東京が広がっていた。空港だと思って見つめていたところは東京ディズニーリゾートだった。
その先には京浜工業地帯があり、どしっとしつつも妖しげな光を放っていた。東京スカイツリーは大きなアクアマリンを輝かせ、東京タワーはその姿を朱のライトで表していた。

 シャンパン色の幾多の光がこの街で生活をする人の多さと夢を抱かせる。飛行機がぶつからないように警告する赤の明滅に気持ちが少しざわついた。希望が入り混じった街を見て、自分は光の中にいるような気がした。
胸が高鳴りもう少し頑張ってみようと思った。

 晴れた日の夜に今住んでいる街を空の上から見てほしい。灯りの中に自分がいることがわかるだろう。


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