1番最後のたい焼き
「2位じゃダメなんでしょうか」
かつてそんな発言をした政治家がいたとかいなかったとか。
2位でいいかどうかはよくわからないが、我々は得てして、1番が好きだ。私はかつて陸上選手だったからよくわかる。身内以外で、2番から後ろの選手に注目している観客などいない。
久しぶりに恵比寿に立ち寄った。オフィスを広尾から代々木に移してからは、恵比寿に行く機会はめっきり減ってしまった。
午前の早い時間、用事を早々に切り上げ、まず向かったのは「猿田彦珈琲」。顔馴染みの店員さんに、「久しぶりですね！」と声をかけられた。オフィスを代々木に移転し恵比寿から足が遠のいたことを詫びた。
おいしいコーヒーを店内でゆっくりと楽しむ。窓から見る朝の恵比寿はなんだか慌ただしい。コーヒーの周りだけ、立ち登る湯気のようにのんびりと時間が流れている。
コーヒーの後は、お待ちかね。本日のメインディッシュ。
恵比寿「ひいらぎ」のたい焼きだ。
「ひいらぎ」の開店時間は10時。私は、9時58分にお店の前に到着。
当然、私の前に並んでいるお客はいない。
つまり私は今日、私の中で1番であり、もしかしたら日本で1番かもしれず、日本で1番だった場合にほぼ間違いなく世界で1番で、地球の他にたい焼きなるものを作っている星がなければこの宇宙で1番美味しいたい焼きを、1番最初に口にすることになるのだ。
なんということだろうか…
オープンと同時に1匹購入。その日「ひいらぎ」で1番最初に売れた1匹だ。
近くの公園で、私の中、日本、世界、そして宇宙で1番のたい焼きを、その日1番最初に食べた人に、私はなったのだ。
宇宙一の焼き具合は、歯が皮に触れてからあんこに到達するまでのほんの刹那でも、1つの完成された和音を奏でる。薄く香ばしく焼かれた皮のはずなのに、あんこに到達する頃にはモチっとした食感があるのだ。不思議。
頭から尻尾まで、1つとして同じ食感はなく、ボリュームのある1匹のたい焼きを飽きることなく頬張れる。楽しい。
美味しい。とっても美味しい。
1番のたい焼きは、いつも通り素晴らしいものだった。
もしこのたい焼きが、仮に2番だったとして。
私が得たこの満足に、何か変化はあっただろうか。
きっと、変わらず私は満たされていただろう。
ふと、短距離選手だった頃のことを思い出す。
1番でゴールしたレースだけが「いいレース」ではなかった。長年のライバルと最後まで競り合って0.04秒差で2位になった県の高校総体200メートル決勝はとっても素敵なものだった。1学年上の選手ばかりを相手に九州大会で決勝に残り、1人をかわして7位に入った400メートルのレースは感慨深かった。ギリギリで残った六大学対抗戦の100メートルの決勝、日本代表選手の隣で走り、力の差に愕然としたレースは、ほろ苦いながらも今日の私を形作っている。
2位じゃダメか、と聞かれると、きっとそんなことはない。
大切なのは、順位ではない、中身なのだ。
そう、たい焼きのあんこのように。
そんなことを教えてくれた、今回の日本滞在最後のたい焼きだった。
今から帰国後1番最初に食べるたい焼きが、とっても楽しみ。
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