フェーブの行方

昨日は就寝が朝4時ごろになってしまったので、今日は目覚ましをかけずにゆっくりと起きることにした。11時ごろに自然と目が覚め、そのままシャワーを浴びて頭をすっきりさせた。

干し柿と烏龍茶をブランチがわりにして、年始から読み始めていた呉明益の『自転車泥棒』を読みはじめようとしたその時だった。

ガレット・デ・ロワ、だ…

フランスでは1月6日の「公現祭」に「ガレット・デ・ロワ」と呼ばれるお菓子を食べる風習がある。“風習大好き・ニッポン”はここ数年それに倣って、この時期にこのガレット・デ・ロワを販売するお店が増えているように感じる。そもそもお菓子として美味しいし、「フェーブ」と呼ばれる小さな人形が入っていればその年は幸せに過ごせるという「縁起物」でもあるので、日本人にはウケるのだろう。

今日は1月7日、公現祭は昨日だが、今年はどうしてもガレット・デ・ロワを買いたい理由があった。

母にガレット・デ・ロワを食べさせてあげたいのだ。

昨年の3月中旬のこと。余命いくばくもない母が、うわごとのように「ガレット・デ・ロワが食べたい」と言い出した。その時母は、私の家で在宅介護を受けていた。

ガレット・デ・ロワは1月中で姿を消してしまう。当然、その時期に販売しているところはない。困った私は、周りの人の知恵を借り、ガレット・デ・ロワにほど近い「ピティヴィエ」というお菓子を近所のパン屋さんで購入して母に食べさせた。

そのあたりのことは、こちらのnoteにより詳しく書いている。

母は、ピティヴィエをガレット・デ・ロワだと思い込んで平らげた2週間後に旅立った。

母にガレット・デ・ロワを食べさせたいと思い東京のお店を調べていた時に出てきたのが、尾山台にある「Au bon vieux temps」だった。その時は母も私も食べることが叶わなかったが、いつか味わってみたい、と思った。

この時期のガレット・デ・ロワは早々に売り切れる。午後にのこのこ行ったところで買えるわけがないのはわかりきったことなのだが、今日はなんだかサイクリングをしたい気持ちも相まって、家で少し作業をして、午後2時ごろに自転車で尾山台まで向かうことにした。

思っていたよりも寒さを感じず、途中で中に着ていたジャケットを脱いだほどだった。45分ほどのサイクリングはあっという間に感じられた。

もちろん、ガレット・デ・ロワはなかった。ただせっかく来たのでかわりに美味しそうな「La semaine」という名のパウンドケーキを買って帰った。今年は「Au bon vieux temps」では15日までガレット・デ・ロワを販売しているらしい。それまでに早い時間に行ける日があるといいのだけれども。

寄り道をしながら夜6時ごろ帰宅。七草粥を作りたかったが諸事情により“四草粥”になってしまった。しかもそのうちのひとつは春の七草ではない春菊だった。美味しかったけど。

食後に買ってきたケーキを食べた。オレンジ風味がしっかりと感じられる、とても美味しいものだった。

ふと、母が介護生活中にみかんをたくさん食べていたことを思い出した。とても美味しそうに次から次へと口に運んでいたのが印象的だった。

台湾の友人にもらった美味しい烏龍茶を飲みながらnoteを書き出した。先にリンクを貼った私の記事を読んでいたら、母の笑顔の写真で自然に涙が溢れてきた。

私は今、母がいない世界を生きている。母が残したピティヴィエを食べたあの日は、確かに世界には母がいたはずなのに。

その2つの世界は何によって分けられたのだろう。もちろんそれは、現象としては「母の死」なのだが、結局のところ、その時何が起こりその意味するものが何だったのか、母の死からあと数ヶ月で1年という今になっても私はうまく理解できないでいる。

振り返ってみると、母の死のところが底のない深い海溝になっていて、その前と後が連続しているようで実は非連続な、全く異なる2つの陸地になっているように私には映るのだ。その深い深い谷底を覗き込む勇気が、私にはまだない。

いずれにしても、そろそろ母もçanomaのお線香の味に飽きてきてるはず。この冬はガレット・デ・ロワを食べさせてあげたいな。

残った分は私が頂くことにして。どちらがフェーブを獲るかな。

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