脱サラして、農業始めてみた。2
こんにちは!
脱サラ農家のなかぢです。
前回に引き続き、『脱サラして、農業始めてみた』ということで、さらに細かいところを書きたいと思います。
前回の「脱サラして、農業始めてみた。」の記事で書いた通り、高校は土木科に進学して、長崎県庁の土木系職種に就いた私なかぢ。
今回はこの公務員を辞めた時の心情や、きっかけについて自分の心に問いかけながら深掘りしていきたいと思います。
1.公務員っていいな〜
まず、そもそも農業高校の土木科に進学したわたしですが、土木には全くと言って良いほど興味がなく、“公務員就職率が高い”からという理由で進学しました。
高校で土木に関わる専門的な授業を受けて、知識だけは少しずつ身についていきましたが、まあ最後まで大した志もなく、ただ勉強だけはちょっとできる奴だった私は、クラスのみんなにテストで負けたくない一心でがんばれていたと思います。
せっかく土木の知識を身につけているのだから、就職するなら土木系の公務員になろうと考え、地元の長崎県庁に就職を決めました。
この時点では、公務員という職業に対して次のような考えを持っていました。
60歳定年まで安定した給料がもらえる。
土日は絶対に休める。
残業はほとんどない。
ゆるーく仕事してる。
モテる。
趣味の時間をもてる余裕がある。
とまあこんな具合ですわ。もうほんと『公務員』はどの職種でもこんな感じで、土木系とか事務系とかはたまた警察的なポジションでも大して変わらんやろと思って、なんかイメージそこまで忙しくなさそうな土木系の仕事やったろと決めました。
2.公務員なってみた。
そして入庁して最初の研修が二週間ありまして、そこで100人近い同期と研修を共にします。この時はほんとにもうウッキウキでした。レベルの高そうな意識の高い人たちと仕事ができて、これから楽しいだけだわとも思ってました。←バカなやつですね。
この研修も終わり、職場に配属された私が感じたことは次のようなことです。
なんか、定時なのにみんな帰らんやん。帰りづらい、、
みんな、顔に元気がないように見えるな。仕事楽しくないんかな、、
ずっとパソコンでカタカタやるばっかりやなー
給料はまあボチボチこのくらいあれば十分ですわ。(ちょっと明細は伏せときます)
なんていうんでしょう。暗いんですよね。大体の人の顔が。将来自分がこんなんなるんか。まじで月曜憂鬱やねんけど。逆に金曜最高やねんけど。
元々土木も好きではなかったので、勉強もモチベーション上がらんし、作業自体もおもんないし、何をもってこの仕事をずっと続ける気持ち保ったらいいんやろと思い悩み始めた1年目でした。
そして、学生の頃は比較的優等生だった私は怒られ慣れてなかったんですね。これもメンタルがきつくなる要因だったと思います。ちょっとしたことでドキドキ不安が止まりませんでした。
仕事に勤めて良かったと今になって思うことは次のような感じです。
結婚できた。(妻が同じ職場だった)
いくらか貯金貯まった。
薄いですね笑。まあだからやめようと思ったんでしょう。
3.公務員、やめよ。
6年目になった夏。ある本に出逢います。それは、岡本太郎著の『自分の中に毒を持て』です。この本の中にある言葉で
最終的に辞めるきっかけになったのは、この言葉たちでした。この仕事を続けても、もりもりっと盛り上がる気持ちがなかったんです。
「明日、上司には辞めるって言うわ」
妻にこの言葉を言ってから勢いで職場に報告。上司はもちろん引き止めましたが、もう自分の中での答えはブレてなかったので揺らぎませんでした。
そして、大変お世話になった長崎県庁を2021年3月に退職。4月からはすぐに、実家の農業をやることに、、
続く。
この先はまた次の投稿に!
長々と書いてしまいましたが、みてくださった方、ありがとうございます!😄
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