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LOZER-負け犬は夜空を見上げた

ボクは今日ココで一つ宣言をする。これは世の中の潮流に対する犯行声明のようなものであり、自分自身を鼓舞するための応援歌のようなものである。記録として残す。

序論

コロナウイルスが蔓延している・していないに関わらず、ボクは詩そして言葉に対して重要な価値を感じている。規模を問わず常に世界が激変していく中で、言葉が内包する普遍的な力・影響力はいつの時代も変わらない。

2021年現在、世の中はマイナスの出来事が後を絶たない。ただ、そのマイナスも長くは続かないだろうとボクは考えている。それは、長い歴史の観点からしてみれば小さな点に過ぎないからだ。いつの時代も人は同じミスを繰り返しながらも様々な問題を乗り越えてきた。この事実は変わらない。今、わたし達がココにこうやって存在していること自体がその証拠だ。

そして、その過ちや問題はフェミニズム、ジェンダー、経済、政治、アート、カルチャー、食、などが様々に重なり合うことによって起きている。ボク達はそういった様々な問題に対して、歯止めの効かない情報格差社会に言葉を通して新たな切り口、視点をもたらしたい。その切り口は普遍的な事象(人、国、会社、etc...)になる。

しかし、世の中の流れが意図せず私たちの論点をずらしに掛かってくる。その原因はほとんどがメディアにあると私は考える。情報速度が増す一方で、人間の思考速度が追いついていないことは一目瞭然だろう。

だから私たちは、そういった世の中の安易にFastな流れに逆行し、真に響く言葉をその時その時に慎重に吟味しながらも、フランクな姿勢で立ち向かう。それは自分自身の頭で考え、自分たちの足で現場に趣き、五感をフルに活かしながらrealを味わうことを意味する。

そして、その体験を自分自身の言葉に昇華し思考する、媒体に縛られず柔軟な姿勢で発信する。なので、記録のカタチは問わない。書き言葉として残すことは当然、音声としても記録するだろう。

また、時代に逆行するとは言え、変化に対する姿勢は敏感でなければならない。同時にそれは、世の中へ大なり小なり反発することになり、「SLOW」を犯行声明のようなカタチで大多数を相手に掲げることを意味してくる。

ただ、ボクたちの目的は一貫して、次の時代を生きる100年、1000年後の未来に残すことにある。きっとこの先も活動内容が変化することはあれど、目指すべき目的だけはこの一点に絞られることになるだろう。

これから情報発信をしていくことになるが、意図しなかった場面で反発を喰らうこともあれば、共に手を取り合えるような仲間にも出会うことが容易に想像がつく。その際は中間距離を守って接していくことにする。

なぜ中間距離かと言えば、近すぎても遠すぎても必ずと言っていいほど双方に意見の食い違いが生まれてくるからだ。そこから争いが生まれる。個人的な体験、大きな視点で人類という観点からしてみても、争いが生まれる瞬間は決まって、人間関係における距離間にあると感じているからだ。

ただし、表現活動を行う上で衝突は避けられない。これは事実だ。なのでボク達は、瞬間瞬間でお互いの意見や主張を出し合いながらもその時の論点・問題に照らし合わせることを繰り返すことを前提に、なるべく最小限に衝突を抑えることを忘れないでいたい。

意見や目的が合致したなら手を取り合う。そうでなければ、こちらから避ける・見送る行動をとる。
こういった一連の流れを通してボク達は活動を行っていく。

励みになります🙏