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ウォーリーをさがせ!の代替テキストを考えていたら、新しいゲームに発展したんだけど、完成しなかった

「そこは議論したい」的な思考実験で、しかも完成しなかったという不完全燃焼なエントリー。ただ、なにか酒の肴にでもなってくれたらという願いを込めて。2019年のアクセシビリティアドベントカレンダーの記事。

ウォーリーをさがせ!の代替テキスト

画像要素の代替テキストは、マークアップをやる初学者から仙人までも悩ませる、今も昔も相変わらず議論のネタになる話だ。

ふと、まだ僕がアクセシビリティのアの字も認識しなかった頃、とあるマークアップの勉強会で例に漏れずこの代替テキストの話になった。どういう文脈でその話題に転がったのかは忘れたんだけど、「ウォーリーをさがせ!」のあのイラストに代替テキストをつけるとしたらどうするのか?と、なぜかその話題を提供したのを思い出す。たしかその場では、そんなに真剣に検討するわけはなく、「そういうのどうするんだろうねー」ってくらいの感じでやんわり話題は終了したと思う。

さて、その時は正解はでなかったわけだが、いま、ここでは、考えてみたい。あのイラストに代替テキストをつけるとしたら、何が最適なのか。

客観的説明型ウォーリー

まずは漠然と客観的にイラストを説明したテキストにしてみよう。ここではペルソナの利用する支援技術をスクリーンリーダーということにする。さて、イラストは何と読み上げられるのか…。

…。

ダメだ。全然ダメだ。客観的な説明なので、ウォーリーの居場所を説明してしまっている。説明の全文を読み上げ終わる前に、その途中でウォーリーの存在を説明するので、さがすもくそもなくなる。ゲームになっていない。

主観的抽象型ウォーリー

まあ説明だとそうなるだろう。じゃあ、次は説明的にならないように、やってみよう。代替テキストは、たとえば電話でなにかを伝えるのと同じようにイメージを言葉に変える方法があるよ、って言うからね。

「キャンバスいっぱいに人がたくさんいて、メガネをかけた人も何人かいて、赤いボーダーの人も何人かいて、青いデニムの人も何人かいる。それらのなかのひとつ。」

ダメだ。なんか幼稚ななぞなぞっぽくなったけど、ウォーリーがどこなのか、結局わからない。謎のままだ。これもゲームになっていない。

オブジェクトに分割

なんか、もう、1枚のイラストとテキストであることがそもそも間違いなのだ。そうだ、画像が1枚だけなんてルールはないので、各オブジェクトに分割してしまおう。こうすれば、少なくとも、最初よりも「さがす」行為ができるような気がする。

しかし、オブジェクトを順番に読み上げていけば、いつかはウォーリーにたどり着く。あまりゲーム性を感じない状態だし、わくわくもないし、つまらない。

グリッド化

単純なリストでは、さがすルートが固定されるためゲーム性に欠ける。そこをグリッド化してみると、上下左右への自由な移動が可能になるので、幾分かゲーム性が上がる。

しかし、ウォーリーにフォーカスが当たればゴールでそこでゲーム終了。つまらない。ルートは完全に運任せだし、他のモブオブジェクトの存在が希薄だ。むしろこいつらには存在価値がない。ウォーリー以外のオブジェクトはどんなに面白いキャラクターであっても、ウォーリーに似せているフェイクキャラであっても、ルート探索に何の影響も与えないし、ヒントにもならない。空のグリッドとなっても差し支えない。

誰がウォーリーだったのか?

グリッドウォーリーはただの運ゲーだった。面白いゲームには、ほどよい推理と、ほどよく間違いを誘発する騙しと、競える(対戦相手もしくは過去の自分との)スコアが必要だ。

ここではもう代替テキストを捨てて、ゲームのルールから変えてみよう。

1番から10番のオブジェクトがあるとする。つぎに、任意のなにかを検索をする。たとえば「人」を検索する。ヒットしたのは1•3•4•5•7•9•10番。つぎに例えば「赤」を検索する。ヒットするのは1•3•4•7番。つぎに「青」を検索。1•3•5•6•7•9•10番がヒット。といったような検索結果の番号を照らし合わせて何番がウォーリーなのかを当てる。スコアとしては、いかに検索回数を少なく当てられるか、だ。タイムアタックでもいいけど、時間の制約が苦手なユーザーを排除することにはしたくないし、いつでも中断再開できたほうが嬉しい。例では10番までだが、300番まで増やせば、本家のウォーリーレベルで複雑さが増して、推論力と記憶力がモノを言わすゲームとなる。わりとそこそこ遊べるルールになってきてないか?

モブキャラにもスポットライトを

ただ、ウォーリーといえば、モブキャラやモブオブジェクトのユニークさや、ストーリー性が面白いのが魅力だ。「こいつこんなとこでなにしてんねん」とか「なんでこんな物が落ちてんねん」っていう気になっちゃう視覚的ノイズがウォーリー探索を阻むのだ。

これをさっきの番号当てウォーリーに取り込むのが難しい。どうやったらいいのだ。まったく見当がつかない。

…と、ここでちょっと諦めてしまった。凄腕のゲームプランナーやゲームデザイナーならこの思考実験を続けられるんだろう。別に凄腕やプロでなくても、ちょっとの発想だけで化けるかもわからない。なにかまたきっかけがあれば考えるのを再開するかも。

代替の難しさ

今回の思考実験で得た学びは、代替テキストではどうにもならないものもあるということだ。そしてそれをインクルーシブに解決したい場合はコンテンツの表現を根本的にデザインし直す必要がある。ウォーリーをさがせ!という視覚のゲームが、番号当てチャレンジになってしまったように。

視覚前提で用意されたコンテンツの代替テキストは難しい。難しいというより代替テキストが代替となり得ないケースであって、抜本的な対策が求められる。

代替テキストは、いずれ機械学習が画像を解析して自動生成するようになるだろう。しかし、そのロボットがウォーリーの代替ゲームを生成できるようになるのは、まだまだずっと先な気がする。

それまでは、がんばろう、人類。

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