区別や差別とはなにかを定義してユニバーサルデザインに臨む / #think_design

平尾ゆうてん

Think DESIGN#5「Web・アプリにおけるユニバーサルデザインを考える会 1回目」の感想。ユニバーサルデザイン完全に理解したってわけじゃないので、途中経過の自分の考えを綴っておく。

Think DESIGNはWebエンジニアの@take2webservice主催の勉強会で、その文脈でのユニバーサルデザイン編ということで企画から参加させてもらった。先日第1回が開催され、ワールドカフェという形式のワークショップで短い時間ながら15名ほどでユニバーサルデザインについて議論を交わした。ワークショップの内容は@mutsukingさんがレポートをまとめているので、それを見てほしい。

ユニバーサルデザインのためのマインドセット

Webに限定しない議論するパートを多くとってもらったため、自分ではおよそ考え至らないキーワードや考えを参加者からもらえたのはすごくよかった。

あるチームのマインドマップで嗅覚や味覚というキーワードがあったのがとても斬新で、それらのユニバーサルデザインについて考えるきっかけになった。嗅覚と味覚がWebやIoTに関わってくることはまだ先かもしれないけど、たとえば料理人や飲食店を経営している人たちがどんなマインドセットでダイバーシティに向き合っているのかは、ぼくらがこれから取り組むユニバーサルデザインでも参考にできるんじゃないかと思う。こういう視点、最近すごく欲しかったのでとてもおもしろい。

ことばの定義

ことばの定義が曖昧なことから結論がつないような場面も見受けられた。「差別」については特にそうだ。「区別」との差は?「平等であるデザイン」と「差別を感じないデザイン」の違いは?など、哲学的なことを考えることになった。

共通な認識がある程度あるものと思っていても、いざ深堀りしていくと「それは差別じゃなくて区別なんじゃないかなあ」という会話があったり、かつては差別と一般的に思われなかったものが時代とともに差別と認知されるようになったり、不変な概念ではないと改めて認識する。

これは、いざユニバーサルデザインをするときは困ると思う。デザイナーの認識または想定している差別だけを避ければいいのかというわけではなくなる。デザイナーにそのサービスの差別の定義を一任するのは荷が重すぎる。

認識の違いで起こった問題を紹介しよう。

これは極端な例だが、多様な人々が集まるとこういうことが起こりうる。中には揚げ足取りなだけに見えるかも知れないが、もしかしたら本当に切実に嫌な思いをしているかもしれない。そしてそれは訴えた本人以外は誰もわからない

事業者と共に考える

ではユニバーサルデザインに取り組むデザイナーには何ができるのか。ことばの定義をそのサービスやプロダクトの事業者と考えることが必要なんじゃないかと思う。「差別」はもちろん「区別」「平等」「公平」「合理的」などのことばも曖昧なので、これらも定義をする。「事業者が考える〇〇とはこれです」と定義をしてもらう、もしくは定義できるようにお手伝いをする(そしてこれらは時代の変化に合わせて常にアップデートする必要がある)。勉強会やイベントなどでコミュニティが掲げるアンチハラスメントポリシーのようなものだ。

その定義があればPPP(Product Performance Programの略でユニバーサルデザインの評価基準)の評価もしやすい。基準にできるからだ。

もしかしたら、その定義をすること自体もユニバーサルデザインの手法のひとつになっているかもしれないけど、第1回の中でほんの表層に触れて思ったことはこんな感じだ。

普段Webアクセシビリティの勉強や取り組みをやっているけど、ユニバーサルデザインに触れてみると、また違った視点が見えて面白い。アクセシビリティはWCAG(Webコンテンツアクセシビリティガイドライン)を軸に取り組むことが多く、このガイドラインはわりと具体的なのでプラクティカル(実践的な)議論になりやすい。一方でユニバーサルデザインはこういった言葉の定義から始めることになるのでフィロソフィカル(哲学的な)議論になる。どっちがどうこうというわけじゃなく、後者に馴染みがないためすごく新鮮に感じる。

次回はどんな議論ができるだろうか。とても楽しみだ。もし興味があれば、ぜひ一緒に考えましょう。


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