HTMLのプロに俺はなる

インターネットという大海原に自分の書いたHTMLを初めて公開してから、今年で20年が経つ。業務としてはその半分にも満たないが、高校生のころに趣味で始めて以来、もうこんなに経つのかと思うと感慨深い。

HTMLを極めたい

最近一部で「HTMLを極める」というのが話題になった。いろんな意見があるが、自分がこれについて考えたことは「俺はHTMLをずっとずっと極めようとするの止めない」だろうということだ。20年経って今もなおワクワクさせてくれる技術であるし、成果物に満足したことは一度もないし、「極めたい」という欲が抑えられないのだ。

開発しているmarkuplintはライフワークになっているし、HTML解体新書を読んで「まだ、俺は何もわかっちゃいなかった」と打ち拉がれてしまったので悔しくてHTML Standard 今月のアップデートというメモをつけるようになった。仕様を読み返す度に新しい発見があるし、その発見の遅れに悔しい思いをするし、そしてそのインプットを上回る速度で新しい仕様が更新されていくので絶望もする。しかしそんな状況がたまらなく楽しい。

アクセシビリティの仕事だって、いろんな思いや経験や経緯からやっているが、元を辿れば「HTMLを正しく書きたい」から来ていて、常にその答えを求めてながらこの仕事をしている。全部HTML。自分の世界の中心はHTMLだ。

HTMLのプロ

HTMLは覚え始めはすごく簡単に感じる技術だ。テキストは書いたものがそのまま表示できるし、開始タグと終了タグで挟む、開始タグに属性を書く、という極めてシンプルな記法は初学者にもとてもやさしい。仮に間違った記述をしても、エラーを表示したりすることなくブラウザがよしなにしてくれる。よく、1990年2000年代にかけてウェブが普及した要因のひとつに、このハードルの低さがあると云われる。このころにウェブに触れた人で、仕事や学校とは関係なくHTMLを書いた経験がある人も多いはずだ。

そんなHTMLなので簡単なイメージが強く、やっぱりどこか蔑ろにされがちだった。実際、実務で初めてHTMLを扱うことになったときも、画像やCSSでデザインカンプを再現することが絶対であり、HTMLでどんなタグを使っていようがマジで何の評価にもならなかった。CSSや画像に対価は支払われても、HTMLには一切支払われない。そんな印象すらあった。

しかし、今、アクセシビリティやその重要性が理解されて適切なマークアップの必要性が問われている。つまり、HTMLには価値がある。だから、もっと自信をもって「HTMLのプロ」と言っていきたいし、片手間で習得できるような技術でもないことを説明していきたいし、その重要性に見合った対価が貰える市場にもしたい。そして、プロフェッショナルと言って差し支えないだけの知識とスキルを極めたいと邁進していきたい。

HTMLを極めようとすると、HTMLをしっかりとデザインと結合するためにCSSを極めたくなるし、HTMLをもっと自由自在に扱いたくなるのでJavaScriptを極めたくなるし、HTMLがもっと広くユーザーの役に立つようにWAI-ARIAを極めたくなる。カバー範囲の広いHTML Standard(HTMLの仕様)の理解を深めるためにインフラやネットワークの知識や、コンピュータサイエンスも必要になる。ひとつのことを極めようとすると、自ずと周りの技術もついてくると云うけど、HTMLも例外ではない。そして技術の全体が見えてくると、アクセシビリティ以外にもセキュリティやパフォーマンスに関してもHTMLが重要なことがわかってくる。

別に「HTMLを馬鹿にするやつは許さねぇ!」とか「他の技術より崇高だ!」とかそういう話がしたいわけではない。言いたいことは、HTMLを中心として極めようとしても、ちゃんとそこには仕事があるし需要がある、という事を言いたいのだ。先人達が重要性を問いてくれたお陰で時代が変わった今なら尚更「HTMLのプロ」はもっともっと増えていい。

あなたも「HTMLのプロ」になって、極めようとしてみませんか?

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