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今年最後の衝動買い

12月半ばの木曜日。休暇をとって、映画を観るために渋谷まで出かけた。その途中、代官山の蔦屋書店に立ち寄った。あまり時間がないので、欲しかった本の在庫があれば買っておこう・・・ぐらいの気持ちだったのだけど、そういう時にかぎって、とても魅力的なものを見つけてしまう。一期一会。

目に入ったのは、スイスと日本の国旗をあしらったゴムバンド。ゴムバンドは、ズボンのサスペンダーのように2本、大判の書籍に縦方向に掛けられている。旗好きの目にとまらないはずがない、ただならぬオーラ。表紙には、アルプスの山々を背後に、ヘアピンカーブに挟まれるように建つ、古そうなホテル。表紙の縁を囲むように、AN EGO CENTRIC MAGAZINE POST SOCIAL MEDIAとある。

山積みに置かれていたその本の傍に、中が読めるように開封された見本があった。手にとってページをめくると、懐かしさを感じるインクの匂いがする。活版印刷だ。大胆にレイアウトされた、見慣れないフォント。言語はフランス語と英語。なにやら、対談形式の飾らないやりとりが書かれてある。その合間に、上質の光沢紙にプリントされた写真。ヨーロッパに加えて日本の写真もある。

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大胆なタイポグラフィが活版印刷で実現されている、という事実だけでも幸せになれる。このユニークな装丁が心地よい。よくわからないままページをめくってゆくと、パリ市の紋章の写真。さまざまなバリエーションのパリ市章の写真が続いている。これを見た時点で、わたしの心は決まった。

この本は、あるコスメブランドのオーナーが、なかば道楽で作った”雑誌”ということだ。ネット検索すれば、いくつか詳しい情報が見つかるので、説明は省くことにする。下に挙げたネット記事が詳しいので、関心ある方はドウゾ!

せっかくなので、パリ市の紋章について書く。本書に関する他のネット記事では、おそらく詳しく触れられることはないだろうから。次の写真は、このトゥアミ氏の雑誌のパリ市章写真から。ほんとうにバリエーションが豊富なのがわかる。これらを見ると、この古くからの紋章が、パリ市民に親しまれていることが伝わってくる。

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パリ市章については、昨年河出書房新社から出版された、浜本隆志著『図説 ヨーロッパの紋章』に詳しく書かれているので、以下に引用すると・・・

シンボルは楯のフィールドの上部にフランス王家のユリ紋章、さらにその下に河川を航行していた帆船が描かれる。これはセーヌ川の帆船ギルドの親方が市長であったことに由来し、内陸都市であったパリへ物資を運ぶギルドが、当時の経済を牛耳っていたことを物語る。楯の上部に市壁冠が描かれ、楯の左はオークの木、右は血桂樹であるが、前者は永続性、後者は勝利をシンボル化したものである。(中略)下部に書かれたラテン語の「揺れ動くが沈まず」がモットーである。これは船乗りの心意気を示すとともに、パリが経験してきた都市の歴史を象徴しており、のちのフランス革命、ナチスのパリ占領などを想起すれば、このモットーは示唆に富む。

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このパリ市章画像はWikipediaより。

トゥアミ氏の写真では、帆船には帆が多いものもあったり、櫂が描かれたものもある。ユリ紋章フルール・ド・リス部分にも、ユリが三つだけ配されたものもあれば、多数描かれたものもあるし、省略されてしまっているものもある。聖母マリア信仰から生まれたとされるユリ紋章が、王家のシンボルとして定着したのは、13世紀のルイ7世からだという。三位一体にちなんで、三つのユリに簡素化したのは14世紀のシャルル5世。現在、この部分のデザインにブレがあること自体、相当に長い歴史がフランス文化に浸透しているようで興味深い。

最後のアルゼンチン大使館のものは、アルゼンチン国章の下に帆船だけが描かれている。まるでリース部分がアルゼンチン国章の方に引っ越したかのような配置。深読みすれば、両国間の外交的な駆け引きが反映されているように見えなくもないけれども、おそらく紋章形式が繰り返されるのを嫌った結果のデザインなのだろう。アルゼンチンの国章にあるのは自由と革命の象徴のフリギア帽(フリジア帽)。フランス革命で広く知られるようになったこのモチーフが、パリ市章の帆船の上部にあるという事実が、偶然であるにせよ、出来すぎた感があって面白い。

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このアルゼンチン国章の画像も、Wikipediaから。

わたしが衝動買いした、この書籍自体に話を戻す。

表紙にあるように、これはラムダン・トゥアミ氏による”自己中心的な”雑誌だ。それも、わざわざ銘打っているように、ソーシャルメディアの先を見越したものと位置付けている。個人の好みと個人的な対話を、好みのデザインで載せている。あえて使用された、手間隙のかかる前時代的な印刷技術。これは、ネットを通じて瞬時に共有されるソーシャルメディアに対するアンチテーゼか。こだわり抜いたタイポグラフィとレイアウトも、効率化の進むデジタルデバイスでの画一的な表示に対するアンチテーゼだろう。

コスメブランドのオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー、恥ずかしながら、わたしはこの書籍を手にとるまで知らなかった。調べると、なんとも素敵な内装の店舗。こだわった製品ラインナップ。ウェブサイトには、ルーブル美術館とのコラボレーションとか、19世紀のランプの下で書かれるカリグラフィのギフトメッセージなんかが紹介されている。コーパスの論調は、現代社会に対してエッジの効いたものもあり、なるほど、雑誌のトゥアミ氏のスタンスに共通しているように見える。

雑誌の方も、強烈な個性を放っているものの、そこに選ばれたモチーフからは、先達の文化に対する敬意が滲み出している。モノを売るブランドのコンセプトを、アナログメディアから印象付ける仕組みだ。一見すると、どんどんデジタル化、バーチャル化してゆく現代の流れに逆行しているようだけれど、実は先進的な試みだと思う。

この雑誌を読めば読むほど、ネットでオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーについて調べれば調べるほど、そしてこのnoteを書いているあいだにも、実店舗に行きたくなってきた。もともと、わたしはフレグランスなどが好きだ。歴史もカリグラフィも大好きだ。行けば、おそらく手ぶらでは店を後にはできない。noteのタイトルをわざわざ「今年最後の衝動買い」としたのは、言わずもがな、自制のため。年が明けたら、いつ行こうかと楽しみでならない。

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