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ナンシー・グリフィスを偲んで

先月なかばにナンシー・グリフィスの訃報があった。ナンシー・グリフィスは米国テキサス州出身のミュージシャン。カントリーウェスタン畑からのスタートだったけど、もっとフォークよりの音楽をやっていた。本人はカントリー歌手として扱われるのを嫌っていたなんて話がある。享年68歳とのこと。

ふだん音楽雑誌はチェックしていないのだけど、ここ1ヶ月はナンシーの訃報と彼女の業績をふりかえった特集記事などがあるかもしれないと思い、ちょくちょく書店で音楽雑誌を眺めていた。けど、いまのところ見つけられていない。

メガヒットもない地味なフォークシンガーだからか、とくに日本での知名度はあまり高くないのも無理はない。他界したタイミングが、その後にチャーリー・ワッツなど大御所の訃報が続いたことも、まだ雑誌で触れてもらえていない理由かもしれない。

だからというわけではないのだけど、わたしの好きなミュージシャンのひとりなので、どうしてもnoteに書いておきたくなった。

今回の見出し画像は、わたしの持っている彼女のCD。写真にあるもののほかにもう1枚、1993年のグラミー賞受賞アルバム『Other Voices, Other Rooms』があるのだけど、どこかに仕舞いこんでしまったようで、すぐには出せなかった。

これまでも『一日一画』でこれらのCDを描いたことがあった。

いまはブログをTumblrに移植したあとなので、最初にいただいたコメントが消えてしまっている。だけど、ナンシーのCDを描いた時には、いつもコメントをくださったかたがいた。

やはり周囲に理解者がすくなくて、わたしが取りあげているのを見て嬉しかったとのことだった。そのかたから好きな曲や他のおすすめアルバムを教えてもらい、わたしのコレクションも増えていった。なかには日本では入手できなくて個人輸入したものもあった。

これは知名度の高くない海外ミュージシャンのファン”あるある”かもしれない。

わたしがナンシー・グリフィスを知ったのは、高校生のとき。NHKラジオの英会話番組で紹介されたのがきっかけだった。『英語会話』という番組名で、講師は大杉正明先生。たしか月に一度、土曜日に音楽を紹介するプログラム構成だったと思う。

いつだったか、その『英語会話』の音楽コーナーで、あのベット・ミドラーが歌った”From a Distance”が紹介された。おりしも湾岸戦争の最中さなかで、反戦ソングとしてよく流れていた曲だ。それだけで終わらないのが、大杉先生の選曲。ベット・ミドラーがカバーする前のバージョンとして、ナンシーのほうもかけてくれた。

ベット・ミドラーが歌う2年前に、はじめてこの曲を歌ったのがナンシー・グリフィスだった。作曲は、彼女の親友というジュリー・ゴールド。ナンシーの素朴な演奏と歌声だからこそ、歌のメッセージがダイレクトに届く。

そう、ナンシーの魅力はその澄んだ歌声だけでなく、素朴さにもある。素朴な印象は、彼女の経歴からくる先入観かもしれない。デビュー前には幼稚園の先生をしていたということだ。ステージ演出も衣装もメイクも、いつもシンプルなスタイルを貫いていた。

ナンシー・グリフィスは、いまで言うシンガー・ソングライターだ(当時もそう言っていたかも?)。おおくの素敵な自作曲がある。そんななかで、わたしがとても感銘を受けたのが1987年の”Trouble in the Field”。”From a Distance”もはいっているアルバム『Lone Star State of Mind』より。

大恐慌以降の、米国の地方の厳しい現実を歌った曲だ。日本からみれば都会の洗練されたイメージが先行する米国だけど、これが米国の現実なんだということを知ることができた一曲。

サビには、「あなたはラバになり、わたしは鋤になる 収穫の季節になればきっとわかる この大変な農地でもまだ愛がたくさん残っていることが(拙訳)」と歌われている。

You'll be the mule I'll be the plow
Come harvest time we'll work it out
There's still a lot of love, here in these troubled fields

自作曲も良いのだけど、カバー曲の選曲にもセンスが光る。わたしがとくに好きなのは、ケイト・ウルフの”Across the Great Divide”、ボブ・ディランの”Boots of Spanish Leather”、そしてトム・ウェイツの”Ruby's Arms”あたり。

ケイト・ウルフを知ったのはこのナンシーの”Across the Great Divide”だった。ケイトのことはここではとても書ききれない。若くしてほぼ無名のまま亡くなったケイトを偲んで、この曲をカバーしたナンシーのセンスは素晴らしいと思う。

この曲を知った当時、大学院で地形学に関連した研究をしていたわたしにとって、人生と大地形をリンクさせた歌詞は衝撃だった。The Great Divideは北米大陸の分水嶺ロッキー山脈。(すくなくとも西海岸・中西部の)アメリカ人の人生観には、ロッキー山脈やグレートプレーンズに代表される大スケールの自然が関わっているのを知った。

いまの仕事でモンタナ州を訪れた際、どこからでもみえるロッキーに、この曲を思い出した。iPodに入れていたので、あらためて聴き、涙がでた。

ボブ・ディランの”Boots of Spanish Leather”は、1964年の名盤『The Times They Are A-Changin』で発表された曲。男女の往復書簡の形をとった歌詞で、ディランお得意のダブルミーニング、トリプルミーニングの宝庫と言われている。コアなファンのあいだでは有名な曲だ。

裏の意味はさておいて、ナンシーは1993年の全曲カバー曲のアルバム『Other Voices, Other Rooms』でこれを歌っている。なお、ハーモニカでかのディラン様も参加している。

往復書簡という形の歌詞では、歌い手の性別によって聴き方が変わってくる。ナンシーの声では、立場が入れ替わって聞こえるのがおもしろい。

そして、トム・ウェイツの”Ruby's Arms”。わたしはトム・ウェイツの大ファンなので、好きなナンシー・グリフィスがカバーしたのを知って、とてもとても嬉しかった。ナンシーはほかに3曲もウェイツ・ナンバーをカバーしている。この曲がはいっているアルバムは、2007年の『Ruby's Torch』。アルバム名が、あきらかにこの曲から引用されているのも嬉しいところ。

この曲も離れ離れになる男女の歌だ。

兵士がそっと恋人のもとを離れる設定で、トム・ウェイツはとうぜん兵士の側。それをナンシーはそのまま歌うのではなく、歌詞の”I”を”He”に、”You”を”She”に入れ替えている。それだけでなく、もともとの荒っぽい”god damn rain”という表現を品の悪くない”cold hard rain”としている。

このように、トム・ウェイツの作った物語を女性からの視点で描きなおしている

歌手の性別が違う場合のカバーバージョンとしてよくあるのは、”She”を”He”にするなどの、単純な三人称の置き換えだ。例えばビートルズの”Ticket to Ride”をカバーしたカーペンターズはこのパターンだった。これだと、そのまま男女の立場が入れ替わっただけの形になる。

ナンシーによる女性側から見た”Ruby's Arms”は、歌詞はほとんどおなじなのにオリジナルとはまったく違っていておもしろい。もともと、恋人のルビーが目覚める前に、兵士がそっと離れる場面からはじまる曲だ。それが、ナンシーのバージョンでは、ルビーの方が、恋人の兵士が去っていく様子に気がついていることになっている。

視点の大転換。男性の気遣いをおもんぱかる女性の歌。女性側に感情移入すると、トム・ウェイツのバージョンを知っているだけに、普遍的な人間らしさが浮き彫りになっているかのようにも思える。こんな楽しみかたができる曲はそうそうない

ついつい長くなってしまった。

とにかく、ナンシー・グリフィスは地味で素朴なミュージシャンではあったけれど、わたしにとってはとても思い入れのあるミュージシャンだ。

言葉やカバー曲の選び方に共感できるところが多い。

下の動画は、訃報のあとにYouTubeにアップロードされた、デヴィッド・レターマン・ショーで、ナンシーが出演した演奏場面のダイジェスト。レターマンとの短いやりとりのなかでも、彼女の人となりが伝わってくる。

この動画では、1988年から2005年までに出演したものが集められている。最初と最後が1988年の”From a Distance”というところに、動画を編集した人物(たぶんファン)のこだわりが感じられる。この世を去っても、遠くから(From a Distance)世界をみているのではないか・・・そうだとしたら、どんな曲を歌ってくれただろう、という思いがありそうだ。わたしもそんな気がしている。


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