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古着屋で見つけた一風変わった星条旗

ショッピングモールに入っているアメリカンテイストの古着屋さんをたまたま訪れたところ、店内の壁にビンテージの星条旗が飾られているのを見つけた。

大きめのカントン(旗竿寄り上部)には “76”という数字がある。数字のまわりに合計13個の星があり、それらの星は五角星ではなく七角星。カントンの中の星と数字は染め抜かれているが、赤と白のストライプは縫製されている。わたしはこういう手の込んだつくりの旗が好きだ。ところどころシミはあるものの、さほど褪色はしていない。

丁寧なステッチが見えるストライプとカントンの縫製部分

そのデザインは見出し画像のとおり。この写真は我が家の玄関ホールで撮ったものだ。つまり購入したからこうして自宅で撮影できている。

古着屋の店員さんはまさか旗を買う客が現れるとは思いもよらなかったのだろう、わたしが購入したいと申し出ると、いったん本社に確認するというので、しばらく待つことになった。

その古着屋さんはこの春に改装したのだそうだ。開店当初から壁にかけられていたその旗は、改装時にも手つかずのまま置かれていたようで、うっすらと埃をかぶった状態だった。開店当初のものとおぼしき値札がぶら下がっていた。埃っぽい旗は、わたしが待たされているあいだに所謂いわゆるコロコロ(ローラータイプの粘着テープ)できれいにされて、いかにも商品らしく折り畳まれていた。

ところが本社の意思決定者に連絡がつかなかったのか、さらに待たされることになり、取り置き状態のまま帰途についた。ショッピングモールからの帰り道に古着屋さんから着信があり、「提示額で買える」とのことだった(そりゃそうだろう、値札付きで置いてあったのだから)。別の用事を済ませたあと、その日の夜にあらためて出直して購入。かくして、この星条旗は我が家にやって来た。

古着屋の商品は、バイヤーが米国のオークションで落としたものを適当に見繕って店舗に送ってくるらしい。大半が衣類で、たまに雑貨が混じっているという。ビンテージの旗はそんな衣類以外の落札品というわけだ。

そういえば、昨年の春にデパートの催事でインテリア関係の出展社からビンテージの卓上旗を買ったことがある。それら5本のうち3本は米国の独立戦争にまつわるものだった。

ビンテージ卓上旗セット(中央:サウスダコタ州旧旗、左上:コネチカット第二連隊旗、右上:ペンシルヴェニア・ウェストモアランド大隊旗、左下:南部連合の提案旗、右下:サウスカロライナ海軍旗)

来歴はわからない。博物館の展示物にありそうだ。独立戦争や南北戦争を再現した展示模型に使われていてもおかしくない。あるいは記念式典などで並べられたものだろうか。

こういった古い旗は、意外とインテリアや古着といっしょに流通しているのかもしれない。

よく知られているように、星条旗は米国の国旗である。赤と白の横縞は赤が7本、白が6本の合計13本あり、独立時の13州を表している。かつて15本の時期もあったが、現在は13本に固定されている。そしてカントンに並ぶ星は合衆国を構成する州の数だけあり、州が増えるとその次の独立記念日に星を増やすことになっている。

米国モンタナ州の博物館で見た15星15縞の星条旗。ストライプが13本ではなかったのは、1795年から1818年のあいだのこの旗だけ。

したがって米国旗はこれまで最も変更回数の多い国旗になっていて、現行の50星は1960年の独立記念日にハワイの州昇格に伴って変更されたものだ。次の変更はワシントンDCかプエルトリコが州になった暁かと言われているが、現時点では具体的な見通しはない。

苅安望著『国旗・国章の基礎知識』(2018年、えにし書房)より、米国旗の変遷。

星条旗はそう定められているものの、長らく星の配置については法的な言及がなかったので、じつにさまざまなレイアウトの星条旗が作られた。デザイン違いの旗はバリアントとかデファクトと呼ばれる(註1)。上の写真のように星条旗の変遷がまとめられた書籍もある。それら過去の星条旗のデザインの多くは数多存在したバリアントのひとつということになる。

D. McCorquodale著『New Wave: Facts about Flags』(2011年、black dog publishing)よりさまざまな歴史的星条旗。

本邦ではほとんど見かけないけれど、外国の書籍にはこうしたバリアントやデファクトを載せたものもある。上の写真の書籍には、もうひとつ前の写真の変遷一覧にはないデザインのものある。そしてページ左上のものこそ、わたしが古着屋で買った旗だ。

この“76”の入った星条旗は何者なのか。

ここでほかの13星の星条旗とこの旗を比べてみよう。詳細は後述するが、わたしが古着屋で買った“76”という数字の入った星条旗はベニントン・フラッグと呼ばれている。

左上︰1777年にカントンを英国旗から青地13星に変えた星条旗。右上:ベッツィー・ロス・フラッグ。下:ベニントン・フラッグ。出典はいずれもWikipedia。

1795年に15星15縞になるまでは13星13縞が米国旗だった。先に書いたように星の配置は定められていなかったので、いくつものデザインの星条旗が作られたようだ。なかでも現在のEU旗のように13星を円環状に配置したものは、伝説上の作者にちなんでベッツィー・ロス・フラッグと呼ばれている(註2)。

ベニントン・フラッグは、1777年から1795年の13星13縞の星条旗のバリアントとされている。バリアントと言いつつ、意匠の細部はかなり異なっているので、狭義ではバリアントというよりも別の旗としたほうが良さそうだ。

あらためてベニントン・フラッグの細部を見てみよう。

ストライプの上下端が白になっている。つまり赤縞よりも白縞のほうが多い。ほかに上下が白の星条旗はない。カントンの面積が大きく、ストライプ9本分に及んでいる(通常は7本分)。

カントンには星以外の要素である数字があり、星の配置も個性的。アーチ状に11個がならび、2つだけが上部に離れて配置されている。その星は七角星だ。ベッツィー・ロスが六角星を五角星にして星条旗を作ったという伝説があるが、七角星についてはほかに知られていない。離れて配置された2つの星はなにを意味するのか。わからないので、空間を埋めるためにレイアウトされただけだろうと言われているけど、これも確たる根拠はない。

ベニントン・フラッグのイレギュラーさは謎だらけである。

“76”は1776年のこと。米国の独立宣言が出された年である。米国で教育を受けた者であれば知らない者はいない年号だろう。わたしたち日本人もこの年号は世界史で習う。米国は独立をかけて英国軍と戦った。

翌1777年8月には英国から独立を宣言したばかりのバーモント共和国でベニントンの戦いがあった(1791年にバーモント共和国はバーモント州として合衆国の一部になった)。一説にはその戦闘で使われた旗こそ、この“76”入りの旗だという。

米国独立150周年の1926年に、この“76”入りの旗がバーモント州のベニントン博物館に寄付された。寄付したのは13代大統領のミラード・フィルモアの子孫。フィルモア家に代々伝えられていたというその旗は、機械織りの布地が使われている。そのため、独立戦争時ではなく19世紀になってから、おそらく1826年の米国独立50周年あたりのものだろうと考えられている。文献でもこのデザインの旗がベニントンの戦いではためいていたという記録は見つかっておらず、19世紀後半にシカゴの図書館で掲げられたというのが初出。なお、フィルモア大統領の在職期間は1850〜53年。フィルモア家に伝わる独立戦争時の旗について彼の言及がないのも不可解だ。

米国の旗章学者のあいだでは、独立100周年(1877年)のタイミングで、戦争後50年を記念して作られた旗が見つかったというストーリーが落とし所として囁かれている。が、真相は闇の中ゆえ、いまは活発な議論はされていない。ベニントン・フラッグは忘れられてゆく旗なのかもしれない。

わたしが古着屋で買ったものは、ベニントン博物館のものよりも新しい。博物館のものはカントン内部の数字と星も縫製されているが、これは染め抜き(あるいはプリント)だ。考えやすいのは独立200周年の1977年に式典かなにかのために作られたという線。だとすると48年前だから、この保存状態にも納得がいく。

再来年の2026年には米国独立から250年になる。なんらかの記念式典はとうぜんあるだろうし、そのための旧国旗も作られることだろう。なかば忘れられたベニントン・フラッグはその時に作られるだろうか。

米国独立宣言250年を先取りして、我が家の旗章学コーナーに飾ってみたベニントン・フラッグ。

註1:バリアントは意匠の基本が同じでデザインが異なるもの、デファクトは実用されているが法的根拠がないもの。

註2:ベッツィー・ロスは「最初に星条旗を作った女性」として米国の初等教育でも紹介されているが、ロスが最初の星条旗を作ったという伝説には疑義が呈されている。これまでの伝説から円環状13星を最初の星条旗としている書籍が多いものの、今後、最初の星条旗のデザインの解釈が変わる可能性がある。

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