日本経済新聞の連載小説『ミチクサ先生』の完結に際して思ったいくつかのこと

本日、日本経済新聞の朝刊に連載された伊集院静さんの小説『ミチクサ先生』が完結しました。

本作は夏目漱石の生涯に題材をとり、江戸時代の再末期の慶応3(1867)年1月に生まれた夏目金之助が新しい時代をどのように生き抜いたかを、友人正岡子規や愛弟子寺田寅彦との関わりや世相の移り変わり、さらに英語教師や英文学者を経て小説家として一時代を画した様子が描かれています。

第1話が掲載されたのは2019年9月11日(水)のことで、伊集院さんの病気加療により2020年2月21日(金)から2020年11月10日(火)までの休載を経て404回にわたり連載されました。

夏目漱石を通して日本の近代化の歩みの一側面を描き出す本作は、一方で近代史を扱う歴史小説のようでもあり、他方で夏目漱石の内奥に入り込むことでその人物像を鮮明に描き出す伝記小説でもあります。

それとともに、表題に用いられた「ミチクサ」が夏目漱石の1915(大正4)年の小説『道草』に由来するだけでなく、夏目漱石の言葉に聞いた芥川龍之介の一言によるというのは、いかにも小説的な仕掛けに満ちたものでした。

すなわち、連載第402回では、夏目漱石の逝去後に寺田寅彦と芥川龍之介が交わしたやり取りの中で、寺田が紹介した次のような夏目漱石の言葉を紹介しています[1]。

山に登るのはどこから登ってもいいのさ。むしろ転んだり、汗を掻き掻き半ベソくらいした方が、同じてっぺんに立っても、見える風景は格別なんだ。ミチクサはおおいにすべしさ

この言葉を聞いた芥川龍之介が「いいお話ですね。ミチクサ先生か……」と口にする様子はいかにも芥川の夏目漱石への敬慕の念の強さを示すとともに、夏目漱石の生涯も様々な「ミチクサ」に満ちていたことを示す、印象的なものでした。

教師や英文学者としての姿だけでなく、朝日新聞において小説家とともに編集者としての才能も発揮した点に着目したのは広告業界に通じる伊集院さんならではの視点であり、夏目漱石の多面的な活動を読者に教える逸話でもありました。

『ミチクサ先生』の連載は終了したものの、近く内容を増補して単行本として上梓されることが期待されるところです。

[1]伊集院静, ミチクサ先生. 第402回, 日本経済新聞, 2021年7月20日朝刊44面.

<Executive Summary>
Miscellaneous Impressions of Shizuka Ijuin's Novel "Michikusa Sensei" (Yusuke Suzumura)

A serial novel entitled with "Michikusa Sensei" written by Shizuka Ijuin run on the Nihon Keizai Shimbun ended on 22nd July 2021. It is a novel to write a life history of Natsume Soseki and describe a brief history of Japan at the beginning of the modern period.

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