『べらぼう』は大河ドラマの将来に大きな影響を与えるか
本日20時から、NHKの大河ドラマ『べらぼう』が始まりました。
1963年以来続くNHKの看板番組である大河ドラマは、2009年以降平均視聴率の低下が進んでおり、昨年放送された『光る君へ』は2019年に放送された『いだてん~東京オリムピック噺~』に次ぎ、平均視聴率が過去2番目に低くなりました[1]。
各種のSNSやNetflixやAmazonプライム・ビデオなどのオンデマンド配信の普及に伴い、人々がテレビの視聴に費やす時間の割合は相対的に低下しています。
そのため、平均視聴率のみが番組の価値を決めるものではなく、様々な評価の指標の一つに過ぎません。
一方、すでに本欄が指摘するように、2001年以降の大河ドラマの主役は、『どうする家康』の徳川家康を除き、以下の3つの類型に分けられます[2]。
(1)歴史上の意義は大きいものの第一線で活動した時期が限られている人物(北条時宗、篤姫、紫式部)
(2)歴史上に名前は留めているものの活動の範囲や後世に伝えられる事績が限られている人物(宮本武蔵、直江兼続、黒田官兵衛、真田信繁、明智光秀、渋沢栄一、北条義時)
(3)歴史的な意義と具体的な逸話に乏しい人物(山之内一豊の妻、江姫、新島八重、杉本文、金栗四三、田畑政治)
それでは、『べらぼう』の場合はどうでしょうか。
主人公の蔦屋重三郎数多くの洒落本、黄表紙、狂歌を出版し、喜多川歌麿や東洲斎写楽の作品を普及させた江戸時代屈指の実業家であり、太田南畝、山東京伝、恋川春町、酒井抱一、市川團十郎、葛飾北斎、曲亭馬琴、十返舎一九と交流した、江戸時代後期の文化を象徴する存在でもありました。
一方、社会的な活動の期間は、1773(安永2)年に新吉原大門口五十間道に貸本と小売りの店を開いた23歳の時に始まり、1797(寛政9)年に47歳で没するまでの24年間となります。また、蔦屋の屋号を初めて用いたのは1774(安永4)年のことであり、蔦屋としての活動期間は23年となります。
その活動は松平定信の寛政の改革の時期と重なり、奢侈を戒め社会の気風を改めようとする為政者の試みと、それを様々な形で批判する姿勢の人々の動きとが渦巻き、蔦屋重三郎は版元として後者の一翼を担いました。
しかし、その取り組みはあくまで版元としてものもであり、江戸の文化を成熟させた作家や画家、あるいは文人墨客の活動を世に送り出した功績は大きいものの、自ら社会の変革を志したり、新たな文化を創造することはありませんでした。
そのため、上記の3つの分類の中では、蔦屋重三郎は(2)に該当することになります。
こうした状況から、蔦屋重三郎の生涯のみで1年にわたり物語を作り続けることは難しく、蔦屋が歌麿を名乗らせた北川豊章や、自らの番頭として働いた曲亭馬琴、あるいは奢侈と豪勢を極めた田沼意次の時代から最後は当局に摘発されて身上半減の罰を受けた寛政時代に至るまでの幕閣との関わりなど、周辺の話題を織り交ぜながら作品が構成されることは容易に想像されます。
これは、『べらぼう』が、蔦屋重三郎を物語の中心に据えながら、18世紀後半の江戸に登場した様々な人物の姿を描く群像劇の形式をとるか、多くの場合表には現れず、版元としてのみ名前が記された蔦屋に関する限られた情報や逸話を敷衍して物語をするかのいずれかになることを示唆します。
もちろん、大河ドラマは歴史上の人物を手掛かりとしてその時々の世相を反映しつつ、視聴者の娯楽に供するための番組です。
そして、どのような人物が主人公になるとしても様々な創作的な要素によって作品が支えられていることに議論の余地はありません。
また、大きな戦乱がない江戸時代後期の、政治家ではなく文化人であった蔦屋重三郎を主人公とした点は、大河ドラマの可能性を広げる、意欲的な試みです。
それだけに、蔦屋重三郎にとって重要であった吉原、とりわけ遊郭との関係や、売れることを最大の目標として東洲斎写楽を文字通り消費したことに代表されるその経営の手腕といった問題をどのように扱うかという点を含め、大河ドラマの今後のあり方を考える上からも『べらぼう』の展開が注目されます。
[1]NHK大河ドラマ. ビデオリサーチ, 公開日不詳, https://www.videor.co.jp/tvrating/past_tvrating/drama/03/nhk-1.html (2025年1月5日閲覧).
[2]鈴村裕輔, 『光る君へ』は大河ドラマの未来を照らし出すか. 2025年1月5日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/0c4f264d3c9d160b2ca89e9e550ff766?frame_id=435622 (2025年1月5日閲覧).
<Executive Summary>
Will "Berabou" Have a Great Impact on the Taiga Drama? (Yusuke Suzumura)
A new Taiga Drama, Big River Drama, Berabou starts from the 5th January 2025. Nowadays Taiga Drama is wandering because current dramas are little far from the basic concept of Taiga Drama as TV drama of roman-fleuve.