【書評】歴史街道編集部編『日本陸海軍、失敗の研究』(PHP研究所、2021年)

去る7月29日(木)、歴史街道編集部の編集による『日本陸海軍、失敗の研究』(PHP研究所、2021年)が刊行されました。

本書は昭和時代の陸海軍の活動及び太平洋戦争の和平交渉の3部に分けられ、9人の執筆者が雑誌『歴史街道』に寄稿した論考14報及び雑誌Voiceの掲載論文1報をまとめて刊行した一冊で、執筆を担当したのは初出順に保阪正康、岩井秀一郎、小谷賢、大木毅、早坂隆、原剛、戸髙一成、松田十刻、平塚柾緒の各氏です。

気鋭の歴史学者からノンフィクションの大家まで幅広い執筆者が取り扱うのは、日本の陸海軍の「失敗」、すなわち日中戦争の拡大から日米開戦、そして敗戦へと至る過程です。

二・二六事件、諜報活動、太平洋戦争における戦略、作戦、戦術のあり方、戦争の帰趨に影響を与えた重要な海戦の実相、和平交渉の実態などを検討することで「失敗」から出発して演繹的に様々な問題が明瞭な輪郭を描くのは、本書の特徴です。

しかも、戦前から戦中にかけての陸海軍の「失敗」を検証した結果は、決して過去の事例の検討に留まらず、今日のわれわれに多くの教訓を示します。

それは、時には不条理な出来事に対抗するためには力だけでなく知性も必要であることを教え(本書37頁)、常に自分たちに都合のよい状況判断や希望的観測に基づいて行動する「ベスト・ケース・アナリシス」の危うさを伝え(本書46頁)、あるいは情報が大局を変えることを示します(本書128頁)。

いずれも時代や状況のいかんにかかわらず妥当性を持つ事柄だけに、こうした点を丹念な考察の末に導き出した執筆者の努力は高く評価されるものです。

もちろん、本書のような諸論考の集成は、しばしば執筆者の違いによる研究や調査の手法あるいは分析の精度の相違が問題とならざるを得ません。

今回も小説的な筆致から学術的な批判に耐え得る内容まで、書き手の特徴が現れています。

それでも、「日本陸海軍の失敗」を共通の関心事とし、この一点を明らかにするために集められた論考の軸は全編を通して揺るぎません。

そして、『日本陸海軍、失敗の研究』を手に取る人は、本書を読み終えた後に「もちろん、戦争ないほうがいいに決まっているが、ないほうがいいということを知るためにも、軍事のメカニズムと怖さは知っておく必要があるはずだ」(本書26頁)という指摘の意味を改めて問い直すことになるでしょう。

軍事や戦史に興味を持つ人だけでなく、むしろこうした点に関心の薄い人ほど、『日本陸海軍、失敗の研究』を一読することの意味は大きいのです。

<Executive Summary>
Book Review: Editorial Department of Rekishi Kaido's "Studies of the Failure of Imperial Japanese Army and Navy" (Yusuke Suzumura)

Editorial Department of Rekishi Kaido published a book titled Studies of the Failure of Imperial Japanese Army and Navy from PHP Institute on 29th July 2021.

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