岸田文雄首相の所信表明演説の注目すべき5つの点は何か

本日、岸田文雄首相は衆参両院の本会議において、就任後最初の所信表明演説を行いました。

所信表明演説の中で、岸田首相は「コロナ禍」の影響で生活が苦しい非正規労働者や子育て世代に向けた給付金の支給や「クリーンエネルギー戦略」の策定、「コロナ対策」として人流抑制や医療資源確保のための法改正の実現、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」による「新しい資本主義」の実現、国家安全保障戦略の改定を中心とする外交・安全保障政策の遂行などを主張しました[1]。

今回の演説において注目すべきは、以下の5点です。

第一に、新型コロナウイルス感染症対策として非正規労働者や子育て世代などを給付金により支援することは、こうした層がより多くの金銭的な支出を必要とする現状を考えれば、妥当な判断と言えるでしょう。

次に、「人流抑制」や「医療資源確保のための法改正」は、こうした措置がどの程度まで実効的であるかを慎重に検討しなければ、効果の乏しい施策に政治的な資源を投入することになりかねず、政権の体力を奪われる悪循環に陥りかねない点に注意する必要があります。

また、「グリーンエネルギー戦略」ではなく「クリーンエネルギー戦略」としたことは、太陽光や再生可能エネルギーに限定される「グリーンエネルギー」に対して「クリーンエネルギー」には原子力発電も含まれることを念頭に置けば、今後の原子力発電の活用のための布石であると言えるでしょう。

第四の注目点は経済政策で、自民党総裁選挙でも繰り返し強調された「新しい資本主義」の基軸が「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」とされました。これらは、中間層の活性化という主張と通底するもので、その意味では一貫性があるものの、「改革」の二文字が言及されなかった点は興味深いものです。

すなわち、「新しい資本主義」を考える上では「改革」は視野に入らないのか、あるいは「改革」による「成長」は「新自由主義的」なのか、あるいは異なる意味を持つのかは、今後の実際の経済政策によって明らかになります。

ただし、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」が既存の資本主義のあり方とどのように違うのか、さらに「新しい資本主義」の何が新しいかを明確に指摘できなかった点は、議論の内容に改善の余地があることを示唆します。

そして、最後に注目すべきは、演説の終わりに際して「ことわざ」として引用した「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」という一文です。

岸田首相はいずれの国や地域の「ことわざ」であるか出典を明示しなかったものの、"If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together."というアフリカの古言に由来するものと推察されます。

この表現については、10月6日(水)に行われた南部アフリカ開発共同体における南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領の発言の中で「アフリカの古いことわざ」として言及されています[2]。

「和の政治」を標榜した鈴木善幸元首相を輩出した宏池会の会長でもある岸田首相らしい選択と言えるでしょう。また、出典の適切な引用を行わなかった安倍晋三元首相や自らの苦労譚を述べた菅義偉前首相に比べれば、こうした「ことわざ」の利用はある意味で抑制的な態度です。

しかし、自らの議論を補強するためには典拠の明示は重要な取り組みだけに、不正確な引用や原典の不確かな利用は演説の内容を弱めかねません。

その意味で、岸田首相にとっての最初の所信表明演説は、一面において意欲的であり、他面において「新しい資本主義」の内実を明らかにすることと出典の正確さという点で物足りなさの残るものであったと言えるでしょう。

[1]岸田首相の所信表明演説・全文. 読売新聞, 2021年10月8日, https://www.yomiuri.co.jp/politics/20211008-OYT1T50197/ (2021年10月8日閲覧).
[2]Jan Gerber, 'More ground still needs to be covered' - Ramaphosa on SADC's military response to Mozambique insurgency. NEWS 24, 6th October 2021, https://www.news24.com/news24/southafrica/news/more-ground-still-needs-to-be-covered-ramaphosa-on-sadcs-military-response-to-mozambique-insurgency-20211006 (accessed on 8th October 2021).

<Executive Summary>
How Can We Evaluate Prime Minister Fumio Kishida's General-Policy Speech? (Yusuke Suzumura)

Today Prime Minister Fumio Kishida addresses the General-Policy Speech at the both Diets. In this occasion we examine positive and negative points of the speech.

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