「ローゼンストック-齋藤秀雄-小澤征爾」という興味深い指揮者の系譜学の試みとなった『クラシックの迷宮』の特集「小澤征爾と齋藤秀雄」

本日の『クラシックの迷宮』は5月11日(土)から始まった特集「小澤征爾研究」の第3回目で、「小澤征爾と齋藤秀雄」と題して放送されました。

齋藤秀雄と言えば小澤征爾さんに指揮を教授し、1956年には『指揮法教程』を上梓したことでも知られます。

そのため、今回の放送は題名を見るだけなら齋藤秀雄の指導が小澤征爾さんに与えた影響を検討するものと考えられることでしょう。

しかし、実際には齋藤が自らの音楽観と指揮法を形成するうえで大きな影響を与えたジョセフ・ローゼンストックと、ローゼンストックの前に新交響楽団の指揮者を務め、齋藤にドイツ留学の機会をもたらした近衛秀麿を置くことで、「ローゼンストック-齋藤秀雄-初期の小澤征爾」という指揮者の系譜学を試みるというのが今回の放送の主眼でした。

すなわち、齋藤秀雄も首席チェロ奏者として在籍した新交響楽団の発展に大きく貢献した近衛の指揮は情感豊かで構えの大きいものであったのに対し、ローゼンストックはトスカニーニと親交があり、後にその手助けもあって米国で活動したことが示すようにトスカニーニの音楽作りに傾倒していました。

即物的、新古典派主義的で、演奏は作曲者の意図に忠実であるべきであるとするトスカニーニの音楽観を自らの音楽作りに取り込んだのがローゼンストックでした。

齋藤は、このようなローゼンストックを迎えた新交響楽団でチェロ奏者を務め、フルトヴェングラー的な指揮者の理解が作曲者の意図に優先されるような音楽ではなく、あくまで作品そのものに即した、明晰で力強い音楽作りを目指すことになるのでした。

そして、ローゼンストックを通して学んだトスカニーニ的な音楽作りが齋藤の指揮法を形成したことは、新交響楽団を指揮したシュトラウス2世のワルツ『芸術家の生涯』から最晩年の1974年2月の新日本フィルハーモニー交響楽団と共演したロッシーニの歌劇『セビリヤの理髪師』序曲やチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1番でも変わらないことが、録音を通して示されました。

後に齋藤は教育者として小澤征爾さんをはじめ多くの音楽家を育成します。

その際、トスカニーニやローゼンストックの音楽作りを基礎とするのではなく、20世紀の音楽の完成形とした点に齋藤秀雄の特徴があり、小澤征爾さんもそのような指導を受けて指揮者となったのでした。

一方、1959年にブザンソン国際指揮者コンクールで第1位になったことから欧米に活動の場が広がり、カラヤン、バーンスタイン、ミュンシュなど持ち味の異なる世界的な指揮者の助手や指導を受けたことは、齋藤流から出発しつつ持ち前の身体感覚によって様々な特徴をしなやかに吸収し、融合させる機会を小澤さんに与え、結果として自らも世界的な指揮者として大成する道を開いたというのが司会の片山杜秀先生による理解です。

そして、齋藤流を原典としつつ世界の指揮者たちの影響を受けた時期の小澤征爾さんの指揮の特徴を知るために紹介されたのが、トゥールーズ放送交響楽団やフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団と共演した1960年の録音でした。

これらの録音を通して描かれるのは「齋藤流の明晰で筋肉質な音楽の澱」を残しつつ、その影響をしなやかに乗り越えようとする小澤征爾さんの姿であり、「ローゼンストック-齋藤秀雄-初期の小澤征爾」という指揮の系譜が新たに展開することを聴取者に強く印象付けたのでした。

このように、師である齋藤秀雄を通してローゼンストックからトスカニーニへと至ることで19世紀末から20世紀半ばまでの指揮者の系譜を受け継ぎつつ、同時代の音楽界を牽引した指揮者たちの影響を受けることで自らの音楽を作り上げようとした中期から後期の小澤征爾さんの姿を予告したのが今回の放送でした。

「齋藤流を原座に伝える指揮者」として小澤征爾さんとともに1984年の齋藤秀雄メモリアルコンサートの開催に尽力した秋山和慶さんを取り上げるなど、片山杜秀先生の入念な番組作りはいつにも増して聴取者の注意を惹き付けて離さないものでした。

<Executive Summary>
The Featured Programme of the "Labyrinth of Classical Music" Examines a Genealogy of Conductors from Josef Rosenstock to Seiji Ozawa via Hideo Saito (Yusuke Suzumura)

The NHK FM's programme "Labyrinth of Classical Music" featured Dr Seiji Ozawa and his artistic activities through the lens of Professor Hideo Saito, the teacher of Dr Ozawa. It was a remarkable challenge for us to understand a genealogy of conductors from Josef Rosenstock to Dr Ozawa via Professor Saito.

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