【書評】君塚直隆『エリザベス女王』(中央公論新社、2020年)

去る2月25日(火)、君塚直隆先生のご新著『エリザベス女王』(中央公論新社、2020年)が刊行されました。

『エリザベス女王』は、『パクス・ブリタニカのイギリス外交』(有斐閣、2010年)、『物語 イギリスの歴史』上下巻(中央公論新社、2015年)、『立憲君主制の現在』(新潮社、2018年)など、英国の政治史や英国史に関する著作などを上梓してきた著者が初めて取り組んだ、現存する人物の評伝です。

本書で取り上げる「エリザベス女王」はアルマダの海戦でスペインの無敵艦隊を破り、弱小国イングランドの独立を守り続けたエリザベス1世ではなく、現在の英国女王エリザベス2世陛下です。

描かれるのは、本来であれば王族の一人として華やかな日々を送っていたはずのリリベットことエリザベス・アレキサンドラ・メアリが、「王冠を賭けた恋」によって退位したエドワード8世の跡を継いだ父王ジョージ6世の急逝を受けて25歳で「老大国の若き女王」エリザベス2世となるまでの過程と、その後の事績です。

21歳の誕生日の際に行った、1947年のラジオ演説の中で「私の人生は、それが長いものになろうが短いものになろうが、私たち皆が属する帝国という大いなる加盟国への奉仕に捧げられる」と誓ったことが示すように(本書、40頁)、即位後のエリザベス2世は英国の利益を最優先に置きつつも、旧英連邦の流れを汲むコモンウェルスの協調と発展を絶えず顧慮します。

その様なエリザベス2世の姿は日本においては話題となる機会が決して多くはないものの、コモンウェルスを構成する英国以外の53か国の首脳や国民から広く支持されています。

また、こうしたエリザベス2世の「コモンウェルス贔屓」ともいえる態度が、女王とエドワード・ヒースやマーガレット・サッチャー、トニー・ブレアといった英国の歴代首相とのある種の齟齬や確執を生むことになります。

その一方で、幼少期から培われた深い教養と即位の後に接する政府の機密事項やコモンウェルス諸国からの情報を分析し、総合する力を備えた女王の姿は、米国のビル・クリントン元大統領が「女王に生まれていなかったら、きっと優れた政治家か外交官になられていたことだろう」(本書、222頁)と指摘されるほどのものであることが示されます。

これに加えて、エリザベス2世の祖父ジョージ5世がウォルター・バジョットの『イギリス憲政論』(The English Constitution、1867年)にある「君主は諸政党から離れており、それゆえ彼の助言がきちんと受け入れられるだけの公正な立場を保証している」という立憲君主の理想像を体現したこと(本書、17頁)、さらにジョージ5世から立憲君主のあり方を学んだ昭和天皇が訪日の際に女王に「立憲君主制の極意」を伝える様子(本書、124-126頁)は、日英の皇室王室の関係の深さとともに、エリザベス2世の政治に対する心構えを物語ります。

それとともに、チャールズ皇太子やアン王女の配偶者との離婚や元王妃ダイアナの事故死といった王室を巡る不祥事や、25歳で即位したことで子どもたちをしっかりと育てられず、肉体的に子どもたちと接することが苦手という女王自身の「負い目」(本書、170-171)を通して、われわれはエリザベス2世が完全無欠の君主ではなく、むしろ他の人々と同じように様々な困難や苦悩に直面しつつ、それらを克服してきたことを知ります。

歴代の英国王の中で最も長命で最も長く在位するのがエリザベス2世です。それだけに、機密文書の多くが非公開であり、利害関係者も多くが存命する中で描かれる女王の像は、あるいは全体の中の一部分に止まるかも知れません。

それでも、著者は英国の王室文書館やイギリス公文書館、日本の外務省外交史料館などの一次資料や種々の研究書などから得た、ネヴィル・チェンバレン首相が人前で口に指を入れて爪をかじる癖があることなど(本書、31頁)などの大小様々な知見を惜しみなく注ぎます。

何より著者自身が抱く女王への敬愛の念が読者の後味を爽やかなものにする『エリザベス女王』は、英国の政治史や社会史だけでなく、20世紀から21世紀前半という同時代史を知る上でも重要な一冊と言えるでしょう。


<Executive Summary>
Book Review: Naotaka Kimizuka's "Queen Elizabeth" (Yusuke Suzumura)


Professor Dr. Naotaka Kimizuka of Kanto Gakuin University published a book titled Queen Elizabeth from Chuokoron-shinsha on 25th February 2020.

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