岸田文雄首相が所信表明演説で示した「理想主義的で用語の不適切な使用」という側面

昨日第207回臨時国会が召集され、岸田文雄首相が所信表明演説を行いました[1]。

冒頭で「遠きに行くには、必ず邇きよりす。」と『礼記』「中庸篇」の「君子之道 辟如行遠必自邇 辟如登高必自卑」を引用し、物事には取り組むべき順番があり、新型コロナウイルス感染症対策に万全の態勢で臨む意欲を示したことは、出典の正確な参照とともに評価すべき点です。

岸田首相の引用箇所は「君子の道、辟えば遠きに行くは必ず邇き自するが如く、辟えば高きに登るは必ず卑き自するが如し」と読み下すものであり、一国の行政府の長にふさわしいあり方を目指そうとする一種の理想主義的な考えをも示唆します。

理想主義という点では、海底ケーブルで日本を周回する「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」を3年程度で完成させるとしたことも、1961年に「アポロ計画」を公表し、1960年代までに人類の月面着陸を実現することを提起した米国のジョン・F・ケネディ大統領の手法を想起させます。

実際、ケネディ大統領の「屋根を修理するなら、日が照っているうちに限る」(The time to repair the roof is when the sun is shining.)という発言を引用したことは、岸田首相の発想の一端を窺わせます。

一方、岸田首相が政権の中核として位置付ける「新しい資本主義」については、依然として判然としません。

「資本主義」は資本が主体となる生産体制に他ならず、経済制度としては自由主義となります。従って、現在の経済制度を改めるのであれば「新しい自由主義」と呼ぶのが適切でしょう。

しかし、「新しい自由主義」では、所信表明演説の中で岸田首相も指摘した「1980年代以降、世界の主流となった、市場や競争に任せれば、全てがうまくいく」という「新自由主義」と混同される可能性が懸念され、配分の重視という点を強調して「新しい社会主義」とすれば共産主義や社会改良主義との同一視されるおそれがあるため、「新しい資本主義」という語義の目指す内容が一致しない表現が用いられていると考えられます。

こうした用語の不適切な使用は指示される内容を曖昧なものとします。その意味で、岸田首相がひとたび掲げた「新しい資本主義」という表現にこだわる限り、何を目的とする態度であるか不明確なままとならざるを得ません。

また、「デジタル田園都市」も、宏池会の領袖として政権を率いた大平正芳首相の「田園都市構想」を現在の社会に適用したものながら、「田園都市」の意味するものが広く人口に膾炙していないため、「デジタル田園都市」という表現そのものの内実が了解しにくいものとなっています。

その意味で、今回の所信表明演説は岸田首相の理想主義的な姿勢を示しつつ、政策を具体的に提起するための方法という点で迫力を欠いたと言えるでしょう。

[1]第二百七回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説. 首相官邸, 2021年12月6日, https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1206shoshinhyomei.html (2021年12月7日閲覧).

<Executive Summary>
Idealistic, but Abstract Policy Speech by Prime Minister Fumio Kishida (Yusuke Suzumura)

Prime Minister Fumio Kishida gave Policy Speech at the Diet on 6th December 2021. In the speech Prime Minister Kishida shows his idealistic figure but the core concept of the Administration is somewhat abstract, since he uses inadequate term "New Form of Capitalism".


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