豊増昇を通して音楽史の中に小澤征爾さんを位置付けることに成功した『クラシックの迷宮』の特集「小澤征爾研究(2)」

本日NHK FMで放送された『クラシックの迷宮』は先週から始まった「小澤征爾研究」の第2回目として豊増昇が取り上げられました。

2015年に小澤征爾さんが評伝『ピアノの巨人 豊増昇』(小澤昔ばなし研究所)を兄の小澤幹雄さんとの共著で刊行したことでその事績や小澤さんが指揮者となる契機を与えた重要な存在であることは知られているものの、ピアノ奏者としての活躍については半ば忘れ去られた存在とも言えるのが豊増昇です。

そのような豊増昇を取り上げるのは、単にピアノ奏者を目指していた少年時代の小澤征爾さんが、やはり熱心に打ち込んでいたラグビーで指を骨折し、一時は音楽の道をあきらめかけたものの指揮者になることを勧めた結果、新たな進路を選択することになったという逸話に基づくだけではありません。

むしろ、19世紀から20世紀半ばの世界の音楽界における大きな潮流が豊増昇を通して小澤征爾さんの中にも流れ込んでいることを解き明かすことが今回の放送の眼目でした。

すなわち、豊増昇が師事したレフ・シロタがバッハを現代的な感性によって解釈し直し、譜面の細部に至るまで手を加えたブゾーニの教えを受けて「当世流」のバッハの演奏の系譜に連なること、そしてブゾーニやシロタのバッハの理解を通して、豊増がバッハの原典の演奏の重要性に気付き、「あるがままのバッハ」を目指したことは、世界と日本の音楽史の結節点に豊増がいたことを示します。

それとともに、先週取り上げられた小澤征爾さんの父である開作と豊増昇とは直接は面識のなかったものの、豊増の兄である英俊が在野の文学者として中国の新民会に参加し、開作と旧知の間柄であったことから入門が決まった過程が描かれるのは、音楽と歴史の交わる場所に豊増と小澤さんがいたことを伝えます。

何より、「バッハにこそポリフォニーがある」として小澤さんにバッハのみを指導した豊増と、日中はラグビーの練習に熱中し、泥だらけのユニフォームのままピアノの練習に励んだ小澤さんの姿を通して、試合の展開と相手選手の動きが分からず、自分と相手とが交わることで初めて成立するラグビーの中にスポーツにおけるポリフォニーを見出し、ポリフォニーこそがスポーツ少年であった小澤さんが音楽にも同時に熱心に取り組めた理由の一端を求めるのは、司会の片山杜秀先生が「あくまで仮定の話」と言うものの、説得力と示唆に富むものでした。

以上のように、今回の放送も、後に「世界の小澤」と称えられることになる小澤征爾さんが、様々な偶然が重なり合うことで指揮者となったことを示しつつ、その偶然が社会と音楽の大きな流れの中で生み出された、半ば必然的会ものであったことを推察させる、意義深い内容となったのでした。

<Executive Summary>
The Featured Programme of the "Labyrinth of Classical Music" Shows Deep Relationships between Social Issues and Cultural Activities with the Case of Professor Noboru Toyomasu (Yusuke Suzumura)

The NHK FM's programme "Labyrinth of Classical Music" featured Dr Seiji Ozawa and his artistic activities through the lens of Professor Noboru Toyomasu, the teacher of Dr Ozawa. It was a remarkable challenge for us to understand deep relationships between musical and activities of Professor Toyomasu and its influence to Dr Ozawa.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?